第47話

二人で見に行くと、家の電話には、どこからも着信はなかった。


「じゃあ、父さんのスマホかなあ。

持って行っただろうし。」

と言うと、蘭丸が


「それが違うんだなあ。パパと美々子は、ほんと似てるよね。」

とテーブルの上を指さした。


父のスマホがあった。


「うーん。人のスマホを見るのは嫌だけど、」

と言いながら、私は父のスマホを手に取った。


「推理を完成させねばね。というか、ママが心配だから。」

と、自分と蘭丸に言い聞かせながら、父のスマホの履歴を見る。

(父は私と一緒で、パスコードもゼロの羅列なのだ)


しかし、最後の履歴は私のもので、

これは、今日の迎えの時の電話が通じるか、

とふたりで冗談にかけあったものだった。


私たちは顔を見合わせた。


「謎は深まるばかり。」と、私が言うと、蘭丸が、

「とにかく現場検証だ。」と、真剣な顔になった。

が、どこか面白がっている。


「蘭丸。まじめにやってよね。」

「わかってるよ。さ、美々子の部屋に戻ろう。」

私たちは戻っていった。



コートはまだ落ちたままだ。蘭丸は、

「あああ、ママが好きなコートなのに。」と元に場所にかけ、

「さ、美々子、さっきの続きだ。」と言って、両手を広げる。


「ぎゃ、蘭丸、何のマネよ。」

「だから、さっきと同じ状態にしなきゃ、わかんないでしょ。」

「げげげ。蘭丸のエッチ。」


「エッチて。」蘭丸が笑う。

その笑顔は可愛いのと同時に、狡猾な雰囲気もあった。

危ない男って感じ。


「もう、蘭丸。そんなことしたら、

例の感情の高ぶりで、髪が濡れちゃうよ。」

「セットしやすくなるからいい。ほら、美々子、おいで。」

と、私を誘う。


「あのねー。私は、土屋君とは違うんだから。

そんなホイホイなびかないわよ。」


「おいおい、可愛い元春をそんなふうに言うとは、許せないな。

あのね、元春は、」


「待って!忘れてた。元春君と待ち合わせだよ!」

「そうだ、ワンピース!」

「なんでここでワンピース。蘭丸、時間大丈夫?」


私たちは時計を見た。

ほっとした。まだちょっと時間はある。


「美々子、ワンピース出して!」

「はいよっ!」

クローゼットの奥から、ワンピースを出す。


「よかった!コットン100だとアイロンかけなきゃ、

と思ってたけど、これなら大丈夫。」


「蘭丸、なにわけのわかんないこと。」

「美々子、これをわけわかんないと言う、

美々子に、女子的重大欠陥があるよ。」


「ふん。女子がアイロン好きだと思う、

男子全員に飛び蹴りを食らわせたいね。」


「さ、着せたげるから、服脱いで。」

私は、思わず普通に服を脱いでいた。


はっと思ったけど、もう遅い。

このまま知らないふりで勢いに乗ろう。

急がなきゃならない、血のつながった双子、のシチュエーションだ。


蘭丸は慣れた手つきで、ワンピースのジッパーを下ろし、

私の頭からかぶせた。


いつもなら、こういうワンピースを着るときは、

孤軍奮闘するのだ。


つまり、袖のところに、頭を通そうとしてたりして、

うまく着れたためしがなかったのだが、

なんと今日は、するりと着ることができた。

奇跡だよ。

 

蘭丸は、スムーズにジッパーも上げて、

裾をきゅっきゅと軽く引っ張ってくれている。


「オッケー。靴下はどこ?」

私が引き出しを開けると、蘭丸は、中を見て、

「うげげ。なんだよ、このぐちゃぐちゃ。」

と怒りながらも、靴下を取って、


「ほら、これ履いて。靴は、あの黒いサンダルでいいから。

さ。次は頭だ。」

と、ドレッサーの前に座らされた。


実は、私は髪の毛は、いつも清潔にサラサラにしている。

そこは、ママの言うことをきちんと守っていた。



「もう、ママ、何も言わないわ。

お部屋の汚いのは、お年頃になって、彼氏ができたら変わっていくでしょう。

でもね。これだけは守って。いつも清潔にしておくこと。

特に下着。


可愛いのやセクシーなのよりも、今の身体にぴったり合う、

清潔なものを身に着けること。

それと髪の毛が汚ければ、どんな美女も台無しよ。

綺麗にしておきましょう。」



だから、私の部屋は整理整頓方面はからきしだけど、

髪の毛は落ちていない。

ドレッサーの鏡もきちんと拭いている。


そのピカピカの鏡の前に座らされ、蘭丸が後ろに立った。


少し長く伸びている髪は、

今は暑いので一つに後ろでまとめていた。


それをほどいて、蘭丸は、束ねてアップにしたりして、

毛先を揺らしながら考えてる。


「ちょっと待ってて。」

と、自分の(つまりママの)部屋に行って、

ママのヘアアクセサリーをいくつか持ってきた。


もう一度、今度は少し高い位置でゆるいポニーテールにしてゴムで結わえる。


蘭丸は、手先も器用である。

ポニーテールの髪をくるくると丸めて、ふわっとしたシニヨンにし、

ママのクリップをいくつか使って留める。


シニヨンにしたので、バレリーナに近づいた感じ。

すると、鏡の中の私が、なんだか、ママに似ているように思えた。


「ママ・・。」

とつぶやいたのが蘭丸に聞こえていたようだ。


「ね、やっぱり、似てるよ。親子だね。」

と蘭丸が言ったので、私は鼻の奥がツーンとなった。


「せっかく綺麗にしたんだから、泣いちゃだめだよ。

ほら、リップクリームを塗って。」

私は、リップリクームを塗って、微笑んだ。

微笑んで自分を見る。


蘭丸が、後ろから私の頬を挟んだ。

「うん。完成。一丁上がりだ。

おっと、時間があまりない。次は僕だよ。」


「着替え手伝おうか?」私が、にたにた笑うと、

「美々子の裸を見ても、何の得にもならないけど、僕のは高いんだ。

美々子にタダで見せるなんて、もったいない。」


「は?得にもならないって、どゆこと?

てか、やっぱり、さっき見てたんだ。」


「美々子のバーカ。すぐ脱いじゃうなんて、恐れ入ったよ。

しかも、セクシーさゼロ。まいったね。」

と言いながら、部屋を出た。


私は、プリプリ怒りながら、タオルハンカチ(今度は浴用タオルではなく、可愛いの)と

ポケットティッシュをトートバッグに入れた。

あ、それと、スマホも。(忘れるところだったよ。)


部屋を出ると、蘭丸はもう着替えを済ませていた。


私のワンピースが、黒地に淡い黄色の花柄だったので、

蘭丸も黒いスリムなジーンズに、上は、白いTシャツだ。


濃い黄色の花が小さくプリントされている。

「あ、なんだか、おそろいっぽい。さすが蘭丸。」

 

私はさっきの腹立ちをすっかり忘れて、

蘭丸のセンスと着替えのスピードに感心していた。

「だろ?我ながら、感動しちゃう。」


「自画自賛はいいから。早く行こう。

土屋君が待ってる。」

「あいつ、いつも時間より早く来てるんだよね。」

 

などとと、言いながら、サンダルを履いてると、父が帰ってきた。

「あ、父さん、もういいの?」


父は、心配事が消えたみたいで、にこにこしていた。

「ごめんごめん。今からか?

じゃ、父さん迎えに行くから、終わったら電話するんだよ。」


「パパ、美々子を見て。どう?」

「おー。こりゃまた。そんな髪にすると、ママに似ているよ。

うん、美人だ。」


「蘭丸がやってくれたの。」

「ま、僕にかかれば、美々子だって。」

「なによ、美々子だって、って。」


「これこれ。でも、ほんと可愛いよ、ワンピースも似合ってる。

蘭丸ももちろん素敵だ。

デートに送り出す気分だよ。」


「娘を?それとも、息子を?」と、蘭丸が聞くと、

「どちらもだよ。どちらも、ぼくの大事な子どもたちだ。」


と、父が言って、ちょっと照れたのか、

「ほら、お小遣いだ。アイスでも買いなさい。」とお金をくれた。

 

蘭丸は、もうママじゃなくて、父さんの息子なのか、

そして、蘭丸もそうでありたいと、望んでいるのか。


私は、なんだか嬉しいような、せつないような気持になった。

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