第46話

終業式の日、私は、通知表が予想していたよりもよかったので、

にやにや笑いが止まらなかった。


その喜びは、しかし、あとで、蘭丸と土屋君の成績を聞くまでだった。


ふたりとも、学年のトップクラスだった。

なんなんだ。美少年で、運動神経もよくて、勉強もできるって。

おまけに、蘭丸はともかく、土屋君は性格までいい。


 

今日の試写会に、この(成績優秀の)ふたりと行くのか、

と思うと、ちょっと気が重くなった。


試写会だから、映画関係者も多いだろうし、

ふたりの美貌に目をつけて、スカウトされるに決まっている。


やめた方がいいよ、と彼らに言おうかとさえ思った。

(自分は行く気満々である。)



実際、二人の(特に蘭丸の)うわさは、他校はもちろん、

芸能関係にも聞こえているらしく、校門の外で、

待ち伏せしている他校生は、引きも切らない。


しかし、芸能スカウト等は、

校長が厳重に、各方面に注意してくれているので、

トラブルは全くなかった。

家に電話もかかってこない。


今日の試写会も、なので、安心していいのかもしれないが、

やはり不安だった。


しかし、蘭丸が岩佐君からチケットをもらった時、

岩佐君の方から、そのことを切り出してくれたそうだ。


岩佐君は、配給会社に勤めるお姉さんに、

くれぐれも、スカウト等ないように、と口うるさく頼んでくれたらしい。


「何かあったら、僕が校長に呼ばれる羽目になる、と姉を脅しておいた。

姉も、関係者や会社の人たちに、声をかけないよう、厳戒態勢をしくって。」

と岩佐君は、蘭丸に言ったそうな。


そして、

「でも、姉も会社の人たちも、

どんな美少年が来るか、って興味津々なんだ。」

とも付け加えた、と。


それを聞いて、蘭丸は、岩佐君にお礼を言いながら、

心の中で大笑いしていたことは、容易に想像がつく。


あああ。蘭丸は、試写会会場で、さりげなく自分の美貌を、

みんなに拝ませるに違いない。

この性格、どうにかならんか。



試写会会場はミニシアターで、夕方からだし、遅くもならないが、

帰りは父が迎えに行くと言ってきかない。


行きは電車なので、駅で土屋君と待ち合わせることになった。


蘭丸は、自分のことよりも、

私が何を着ていくかとか、髪の毛をちょっとアレンジしろとか、

それはもううるさい。


「えー。いつものジーンズとTシャツでいいよ。」と言うと、

「美々子はいいかもしれないけど、連れて歩く僕の身にもなってよ。

元春もかわいそうだよ。」


「なんで、ここに土屋君が出てくる。

関係ないでしょう。父さんも笑ってないで何か言ってよ。」


「美々子。父さんもおしゃれした方がいいと思うな。」

と、父はにこにこ笑う。

「うげー。父さんまで、どうしちゃったの。」


「いや、この機会に、あ、ほら、前にママが買ってくれたワンピース。

あれを着たら。」

「そうだよ。あのワンピースがいい。美々子、ほら出して。」


「ひー、もう、心の底から面倒くさい。」

「パパ、美々子のこの性格、どうにかならない?」

蘭丸があきれた、というように目をぐるりと回した。


私は、ブーブー言いながら、自分の部屋に戻り、

クローゼットの奥のワンピースを探した。


「なに、このクローゼット、めちゃくちゃだよ。

夏物も冬物もごちゃまぜじゃないか。」


「ぎゃあ、何で、人の部屋まで入ってくる。」

「なんでこんなに、いっぱい服持ってるのに、いつも同じなのかな。」

「ママが買ってくれたのよ。私はいらないって言ってるのに。」


「あ、これ、このコート。

ふたりで試着室できゃあきゃあ言いながら、選んだよね。」


蘭丸は、薄いピンクのツイードのコートを手に取った。

「それ、ママが着たかったんじゃない。一緒に着ようって。」



その時のことを思い出した。

ママが試着室で着ると、本当に素敵だった。


お店の人が、

「うわあ、お似合いです。」と言いながら、私を見て、

「おふたりで共有するんですか。本当に、きれいなお姉さんね。」と言った。


母は、ツンとすまして、

「この子は、娘ですわ。」と言った。

「まあ、親子。ご姉妹かと思ってました。

お若いお母さまねえ。」とまた私を見る。


どこのお店に行っても、姉妹だと間違えられた。

母が若く見られるのも嬉しかったが、

母と私が親子であれ、姉妹であれ、似てる、血がつながってる、

と、ちゃんと思われるのがすごく嬉しかった。

(お友達には、いつも、美々子ちゃんはパパ似だね、と言われてたので。)



「ママのクローゼットはいっぱいだったから、

ジジのところに入れたのが間違いだったわ。

ああもう、しわくちゃ。」

と、蘭丸がコートを持って、ため息をついた。


「ママ!ママなのね。戻ってきたんだ。」

と、私は、蘭丸に飛びついた。


蘭丸は、コートを落として、私を抱きとめた。


私は必死で背伸びをして、蘭丸の首に手を回した。

蘭丸が私の腰を抱いて持ち上げんばかりになった。


ふたりは、ぎゅっと抱き合い、ぴたっと密接していた。

私はほとんど宙に浮いている状態だ。


蘭丸が抱いてくれてないと落ちてしまう。

蘭丸は、ちょっとひざを曲げてくれたので私はつま先立ちに戻り、

安心して蘭丸の頭を抱いた。

 

目の前に蘭丸の顔がある。


うーん。こんな状態で、こう言うのもなんだが、やっぱり可愛い。

なんて綺麗なんだろう。


蘭丸の目をじっと見た。

美少年の顔であっても、目の中はママなのだ。

私は蘭丸の目にママを探した。

 

しかし、それは、ママの目じゃなかった。

男の子の目だ。


「え?蘭丸なの?ママは?」

「美々子、ごめん。ママはすぐ戻っていった。」


「すぐって?ママ、コート見てたじゃない。」

コートは床に落ちていた。


コートから目を上げると、ドアの向こうに父がいた。

私たちは、まだ抱き合ったままだ。


「あ、父さん。えっと、違うの。これは。」私はあわてた。

蘭丸が振り向いて、父を見る。

「パパ、ママが今ちょっと来て、すぐ戻っていったよ。

なんだがあわててた。」

と、意味の分からないことを父に言う。


父は少し顔色が変わって、

「美々子、ごめん。今電話がかかってきて、

父さん、ちょっと行かなきゃ。」と言った。


「どこに?お仕事?」

私と蘭丸はゆっくり離れて、並んで父を見た。


「そう。今日、迎えに行けないようなら、土屋君のお父さんに頼むから。」

「大丈夫だよ。電車で帰れるし。」


「あ、いや、まあ、そうだ。とにかくちょっと出てくる。

迎えに間に合えば行くよ。」と慌てて出て行った。


父は、私たちが抱き合ってるのを見ても、何も言わなかった。

もっと重大なことがあるかのような。


「電話って、どこからだろう。

父さん、滅多に仕事でそんなことないのに。

あ!もしかしてママに何か!?」


私は、パニックになりかけた。

蘭丸が、手をぎゅっと握ってくれた。


「それは絶対ないよ。ママは元気そうだった。」

私は少し安心する。


「そうだ。電話の着信履歴!」

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