第45話

あ、土屋君に、姉さまのこと、あやまらなくちゃならないのに、

と自分の部屋に帰って思い出した。


また、あの二人のいる部屋に入るのか、

と思うと、ちょっとうんざりした。


笑われるのも嫌だったし。

(自分からあんな顔をしておいてなんだが、

それでもリアクションが大きすぎて悔しかったのだ。)


でも、本当は、二人きりにしておくのが不安で、

見に行きたくて仕方なかった。


姉さまのことも、

いつもならそういうことはすぐ忘れて、思い出しもしないし、

思い出しても、面倒くさいからもういいや、って思うのに、

部屋に入る理由が欲しかったのだ。



私は、蘭丸の部屋をノックした。

また、ふたりが手をつないでたり、

いやそれより、もっとすごいこと(どんなことよ?)をしてたら、

どどどうすれば、と思ったが、蘭丸がドアを開けた。


「あ、美々子、今、元春が姉さまに電話してる。」


「よかった。私、謝らなきゃって。」

「なに?蹴ったこと?」


「ちがうよ。それに蹴っても当たらなかったじゃんか。」

「それは、美々子がヘタクソすぎるから。

あ、そうか、あの顔をしたからか?

いや、むしろ、もう一度見たいって、元春が。」


「ちがーう!姉さまのことよ。

ミス3年が訪ねていくでしょう。」

「え?美々子も一緒に行きたいの?」

「もう!違うってば。姉さまに時間取らせるのも悪いし。」

とか言ってたら、土屋君が電話を切って、こちらに来た。


「姉さまはどうって?」と尋ねる私に、土屋君は、微笑みながら

「姉も、2Eのキャッチャーが、新部長だって知らなかったんだって。

それに、彼女が、ぼくにハグしてる動画も見てるし。」

とちょっと赤くなって、言葉を切った。


「それで?」と蘭丸が促す。

「うん、でまあ、姉さまは、ミス3年が部長なら、

美々子ちゃんも入部してくれるだろうって踏んでたんだけど、」


土屋君が、私を美々子と呼んだので、

私も蘭丸も軽く驚いたが、姉さまが、そう呼んでたし、

直接話法的になったんだろう。


「思惑が外れたどころか、

そんなに大きな拒絶要素がいてるなら、しかたないわ、

残念極まるわ、って言ってたよ。」


と、姉さまの口調をまねた。

やっぱり直接話法ね。


「でも、ミス3年が来るんでしょう。」

「ああ、大丈夫。いくらでも用事は作れるし。

それより、ぼく、ここでいててもいい?ミス3年が苦手なんだ。」


「へ?なんてことを。」と私が非難めいて言うと、

「美々子なんて、その場にいたい、って身もだえてるのにねえ。」

と蘭丸が意地悪く笑う。


「蘭丸、黙れ。土屋君、もちろん、いいよ。

今日は、父さんが遅いから、私と蘭丸がお夕飯作るよ。」


「へ?ぼくも?美々子が作れば。」

「何言ってるの、手伝え。土屋君、何食べたい?」


「美々子ちゃんの手料理なら何でも。

ていうか、僕も手伝うよ。」

どさくさに紛れてか、土屋君が、私を美々子ちゃんと呼んだ。


そんじゃ、私も、

「元春君も手伝ってくれるんだ。ほら、蘭丸、どうよ?」

と蘭丸を、勝ち誇った目で見る。


「は?美々子、何言ってるの。

それよか、君たち、いつの間にそんなに仲良しに?

君たちは、僕を争って、憎みあってくれなきゃ困るよ。」


「は?ほんと、参るわ、その根拠のない自信。

それじゃ、蘭丸、どっかに行ってれば?

私と元春君とで、仲良く作るから。」


「待って。3人で買い出しに行こう。

僕がお金を出すよ。」と、土屋君。


「元春、待て。早まるな。

お金は父さんにもらってる。3人で豪遊しよう。」

「待ってて。私制服だから、着替えてくるわ。」



3人で、スーパーに行った。

献立はもちろんカレーだ。


私が、アクアパッツァでも作るかな、と言ったら、

ふたりして、ぶるぶると首を振った。なんでよ?


しかし、スーパーでの買い物から、もう楽しかった。

土屋君が節約家なのがおかしい。


蘭丸がほいほいカゴに放り込むのを、

いちいち取り出して、値段を確かめ、

却下と言いながら、元に戻す。


父さんにもらっていたお金は半分も使わなかったが、

いい買い物ができた。


カレーはおいしかった。

3人でわいわい言いながら作って、本当に楽しかった。



この光景もきっといつか懐かしく思い出すんだろうな、

と切なく思いながら、

私は、笑い、ふたりに意地悪をし、怒り、そしてまた笑いながら、

心の中で泣いていた。

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