第44話

「そりゃよかった。いや、ごめん、唐突なんだけど、

僕の姉が映画の配給会社に勤めていて。」


「あ、そうなんですか!」

興味を持った私の声を察したのか、岩佐君は勢いづいた。


「いや、そこの試写会があるんだけど、

結構、その、難解なマニアック映画で、しかもアジア映画だし。」

「え?どこですか?」


そこから話はどんどん弾んだ。


岩佐君は、私の告白などおくびにも出さず、

その映画の話ばかりしてくれた。


人気があるとは決して言えない映画なので、試写会も集まらない。

そこで弟の岩佐君も駆り出されることになった。


岩佐君にしても、どうせ誰かを誘うなら、

映画をわかってる人に観てもらいたい。


「でも、それが何で私?」と聞くと

「マニアックなにおいがしてるから・・、

ってのは冗談で、古文の先生に聞いたんだよ。

僕の紹介した映画をきちんと見てくれてる子がいるってね。」



私は、古文のレポートを出すとき、

いつも、最後のページに先生の紹介してくれた映画の感想とお礼を書いていた。

レポートが返ってくるたび、

先生が短くて気の利いたコメントを書いてくれてるのが楽しかったからだ。


それを先生が覚えてくれてたのだ、と思うととても嬉しかった。



「すごく嬉しいです。ありがとうございます。

ぜひ行きたいのですが、いつですか?」

「それが、ごめん。日にちが近くて。

終業式の日なんだ。あ、夕方からだけど。」


「全然、大丈夫です。場所はどこですか?

あの、待ち合わせします?」


映画が楽しみだったので、

待ち合わせなんて言葉をさらりと言ってしまった自分に気づき、

急に恥ずかしくなった。


「ご、ごめんなさい。

場所さえ聞けば、ひとりで行けますので。」

「いや、ごめん。ほんとに申し訳ない。

その日、僕は予備校の授業があるので、行けないんだよ。」


「あ、そうなんですか。」

「実はチケットが3枚で、あと2枚どうしようか、

と思ってたんだけど、ちょうどよかった。

蘭丸君と土屋君も誘えば。」


「はぁ。」と生返事をしたが、

「ね?聞いてみてくれない?」と頼まれた。


私は、岩佐君に聞こえないように、小さくため息をつき、

ふたりの後を追った。



今は蘭丸の部屋になってるママの部屋にいる気配がしたので、

ノックをして、返事を待たずに開けた。

ふたりは、ママの本棚を見ていた。


まだ手をつないだままだ。


私は二人のつないだ手に、空手チョップをして、

「ちょっと。映画の試写会に行く気ある?」

と不機嫌な声で聞いた。


ううう。岩佐君にも私の声が聞こえてるはずだが、もういいや。


ふたりは、わけがわからないまま、

それでも、うんうんとうなずく。


首を振ればいいのに、断れ、断れ、と思いながら、

「終業式の日の夕方だけど、空いてる?」と聞いたら、

やはり、ふたりとも、うんうんとうなずく。

蘭丸は、ちょっと笑っていた。


「はい、あの、ふたりとも大丈夫だそうです。」

と、ふたりを見ながら岩佐君に伝えた。

「あ、そう。よかったぁ。姉貴も喜ぶよ。」と嬉しそうだ。


私は、まだ見ぬ岩佐君のお姉さんを想像してみたが、

レスリング女子選手のイメージしかわかず、思わず小さく首を振った。


蘭丸が、

「岩佐先輩も一緒に?」

と電話に聞こえるほどの声を出した。


「残念ながら。」と岩佐君が言ってる。

私は、蘭丸にスマホを渡した。


「あ、蘭丸です。代わりました。

どうも美々子の話では要領を得なくて。」


私は蘭丸のお尻に向かって、

ジャンプしながら膝キックをした。


蘭丸は、すっとよける。ぎー。もう。悔しい。

土屋君が横で吹き出す。


私は土屋君にも、蹴りを入れたが、やはりかわされた。

うわあ。だから、運動神経のいい美少年っていやだ、もう。


私は地団太を踏んで悔しがったが、

岩佐君に適当に相槌を打ちつつ、それを見ていた蘭丸に、

「美々子、代わってほしいって。」とスマホを渡された。


岩佐君は、私に、

「川崎さん、ありがとう。

チケットは終業式当日に、蘭丸君に渡すよ。

場所や時間も伝えておいた。」と言った。

「はぁ」


蘭丸と土屋君を見ると、

今度は二人で、タイのムエタイの真似をしている。


お互い寸止めで戦っていて、めちゃくちゃ悔しいが、

動きが本当に美しい。映画のようだ。


「先輩、今、こいつら、ムエタイやってますよ。」

と思わず言ってしまったら、

「ああ、いいなあ。くそ。ほんとうらやましい。」

と岩佐君が、本気で悔しがってるような声を出した。


「はぁ?先輩まで?

男子ってほんと、バカなんじゃないかって思いますけど。」

「あはは。ま、男の子ってそういうもんだよ。許してやって。」


私は、岩佐君にお礼を言って、電話を切った。


二人がまだ真剣に戦ってるので、私はそれをじっと見ていて、

無防備になった土屋君のすねを狙ってキックした。


今度こそ決まったかと思ったが、

少しかすっただけで、うまくよけられてしまった。


土屋君は、私を見て、ふふんと、不敵な笑いをした。


私は自分のほっぺたを思いきりつかんで、

片方の指で鼻の穴を上に向け、白目になりながら、舌を出す、

という、とんでもない不細工顔をして、


「ばーか!」と言ったら、

土屋君は、びっくりして、文字通り笑い転げた。


床に崩れ落ちて、ひーひー声にならない声で笑う。

蘭丸もあきれてこっちを見ている。


「ほんっと、失礼なやつらね!」

と私はドアをバタンと閉めて出て行った。


二人の笑い声がまだ聞こえていた。

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