第42話

家に帰ると、蘭丸と土屋君がいた。


「うわーん、ありがとう!うまくいったよー。」

と駆け寄ると、ふたりは、ほっとしたようだった。


「帰りにアイス買ってきたの。一緒に食べよう。」

いつもより、ちょっと値の張るアイスを二人に渡した。


「お、美々子のおごりなんて、珍しい。」

と蘭丸は言い、土屋君は、笑いながら、ありがとうと受け取った。


3人でアイスを食べながら、私は顛末を二人に話した。


「いや、それにしてもびっくりだわ。

改めて美少年の底力を見せてもらったね。」と言うと、土屋君が、

「ほんと、蘭丸ってすごいよね。」と言うので、私は土屋君をちょっと小突いた。


「何言ってるの、土屋君もだよ。

あのキャッチャーなんて、土屋君の名前が出るたび、

眉を上げたり下げたり、大変だったんだから。」


蘭丸がそれを聞いて、

「ぼくら二人がいると無敵だな。」と、土屋君の肩をごく自然に抱いた。

土屋君は急に赤くなり、

「何を言うかな、蘭丸は。」と、蘭丸の顔を見る。


肩を抱かれてるので、蘭丸と顔が近い。

蘭丸も土屋君の顔を見た。土屋君は、益々赤く上気する。


それを見ながら、私は胸の奥がチクッと痛くなった。

なぜなんだろう。


美少年がじゃれ合っているのを見るのは、

ほほえましく、嬉しいはずなのに。


ちょっと曇った私の顔を見て、蘭丸は、

仲間外れにされたからだ、と誤解したようだった。


「あ。美少年の輪に入れなくて、おっさん美々子が拗ねてるぞ。」と冷やかす。

「うるさい、蘭丸。」


「川崎もおいで。」と土屋君がほほ笑んだ。

私は泣きたくなった。


「え?どうしたの川崎?」と土屋君が驚いた顔になる。

「違うの。違うのよ。」

「美々子?」と蘭丸が私の顔を見る。

土屋君を抱いてた手が離れかける。


「違うの。あんたたちが、なんか、純粋で、可愛くて。」

と、止まらない涙をわざと、ごしごし強く腕で拭った。


蘭丸はほっとしたみたいに笑い、土屋君の肩をあらためて強く抱いた。

土屋君はまた赤くなる。


「なんか、美少年って、見てるだけで切なくなるのよ。

ほら、青春の1ページを切り取ったみたいでしょ。」


それを聞いて蘭丸が、

「何言ってるの、美々子。ぼくたちはこれからますます美しくなって、

そして、美少年から脱皮すると、今度は美青年になるんだよ。」

と言い、土屋君も笑いながらうなずいてる。


「はぁ、もう。蘭丸のこの自信はどこから?それに土屋君まで。

あきれてものが言えないわ。」


二人が笑ってるので、

私は今日、学校の中庭で感じたノスタルジーを話した。


「何年か、何十年か経って、私はこの景色を思い出すんだわって、

そのとき強く感じたの。

そして、今、あんたたちが、仲良くふざけ合ってるのも、

いつかきっと、懐かしく思い出す日が来るのよ。」


もう、涙は止まったけど、胸の奥が苦い。


私はまた、すらすらと嘘をついている。

彼らを見て泣けたのは、ノスタルジーだからじゃない。


私は、土屋君に猛烈に嫉妬をしていたからだ。


蘭丸が、ママであることも私はすっかり忘れている。

蘭丸と双子の設定だ、ということなんて、頭にも浮かばない。


蘭丸は私のものだ。蘭丸に触れられるのは私だけ。

そんな思いが頭の中をグルグル回って、自分を見失い、

頭がおかしくなりそうだった。


でも、私の顔も、ちゃんと嘘をついていた。

ふたりとも、私の苦しみの意味が分かってないのは明らかだった。


私はにっこり笑ってから、

「ま、こんな高尚で豊かな感情なんて、

あんたたち浮かれ美少年には逆立ちしてもわかんないでしょうよ。」

と、ツンと横を向いた。


「川崎~、置いてかないでよー。」

と土屋君は(蘭丸に肩を抱かれながら)言ったが、

蘭丸は私をじっと見ているだけだった。



突然、またスマホが鳴った。

私のバックからである。


今日は大活躍だわ、このスマホ。

名前を付けてやらなきゃ。

ツッチーなんてどうかね、と意地悪く考えて、何も考えずに電話に出る。


ディスプレイは知らない電話番号だった。


「川崎さん?岩佐です。」

その声を聞いて、私は目と口を大きく開けた、

「驚きの表情」をしてしまった。

演劇部の影響がまだ残っているのか。


蘭丸と土屋君が何事かというように私を見ている。

蘭丸は土屋君の肩を抱く手をほどいた。

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