第41話

そのとき、抜群のタイミングでスマホが鳴った。


よかった。

蘭丸の言うことを聞いてスマホを持ってきていて。


「すみません。ちょっと失礼。」と部室の外に出た。

ドアを閉める前に、バッグからスマホを取り出すと、

ディスプレイに「蘭丸」と出ていた。


「もしもし、蘭丸?」


あ、しまった。蘭丸の名前を出すと、部室の中でざわめきが聞こえる。

川北さんがドアから顔を出す。


私は階段を駆け下りた。


「蘭丸、どうしよう。あのキャッチャーだよ。」

「何?どうかしたの?美々子。」


「あ、ごめん。蘭丸。こっちの話なの。

それより、何かあったの?」


私はちょっとドキドキした。

普段スマホを持ち歩かないので、こういうふうに電話がかかってくると、

悪い知らせじゃないかとつい思ってしまう。


「いや、別に、どうもしないよ。

違うんだ。なんか、美々子が呼んでる気がして。」

「あああ。蘭丸。嬉しい。その通りなの。

私、どうしようって思ってた時だったの。」

 

私は大急ぎで、蘭丸に状況を小声で説明した。

蝉の声が大きいからって、彼らが聞き耳を立ててるのは確かだ。蘭丸は、

「ちょっと待ってて。今元春といるんだ。」

と言って、土屋君に何か言ってる。


土屋君の

「ええぇ!!?」という大声が聞こえてくる。

ちょっと間があって、蘭丸が言った。


「美々子、ミス3年に、今晩7時に土屋君の家に来てほしい、

って伝えるんだ。いい?」

「でも、土屋君に悪いわ。」


「いいんだ。用事はいくらでも作れるって元春も言ってる。

姉さまも事情を言えばわかってくれるよ。」

「わかった。ありがとう。土屋くんにもそう伝えて。」

「OK。美々子がんばれよ。」


私は、階段を上がった。部室の前に3人が並んでいる。


新部長は、キャッチャーをしているときも圧が強く、ごついイメージだったが、

今、華奢なミス3年の横で、そのときよりも、ずっとずっと大きく見えた。


私の心理的な要素がそう見せるのかもしれない。


「ごめんなさい、中断しちゃって。蘭丸から電話で。」

とチラッと3人を見る。


蘭丸の名を出すと、3人の硬い表情が途端に崩れる。

蘭丸、さすがだよ。

美少年蘭丸の威力はすごいよ。感謝しますぜ。

 

落ち着くと私は、また嘘がスラスラ出た。

「父が仕事で遅くなるので、今日はもう帰るって電話なんです。

ごめんなさい、しょーもない家庭の事情を。」


「いえいえー。なに?どこか行ってるの、蘭様?」と川北さん。

私は、ちらっとキャッチャーを見て、

「土屋君のところに。」と言うと、キャッチャーは、なんと目を伏せた。


すごい。土屋君もやっぱすごいわ。

美少年パワー恐るべし。


「あ、それでですね。」と、勢いで私は続けた。

「土屋君のお姉さんが、ミスえっと、以前の部長さんに、

今晩7時に家に来てくださいって。

それを私、お伝えに来たんです。」


「まあ、そんな伝言なら、

ラインで送って下さればすむことじゃない?」

と、ミス3年。私はちょっと焦りながらも、


「いえ、あの、その、私が、えっと、ミス3年に、

む、夢中なのをご存じで、それで。」

と言いながら、私は赤くなった。いろんな意味で。


「なるほどー。なるほどね。」と川北さんが。手をポンっと叩いて、

「丸ちゃんも、なんか言ってた気がする。」

と、ミス3年を振り返り、

「川崎さん、部長にフラフラなんですよ。

なんか、鼻の下が長いおじさんみたい。」とクスクス笑う。


ミス3年もニコニコしながら、

「なんだか嬉しいわ、川崎さん。

じゃあ、今日、伺いますって、土屋先輩にお伝えくださいね。」

と、また私の腕に触れたので、私はデレデレになってしまった。

 

それまで黙って私をじっと見ていたキャッチャーが、

私のデレデレを見て、納得がいったようにうなずいた。


「すみません。お騒がせして。お邪魔しました。」

と言いながら、私は頭を下げ、階段をゆっくり降りた。


3人が見ているような気がしたので、

ほっとした様子は見せないようにして、

急ぎたかったが、いつものペースで自転車置き場に向かった。

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