第32話

しかし、やはり強豪チームだった。


2回裏で2点取られ、私達はまだ点を入れられずにいた。

とにかく、ソフト出身のキャッチャー女子が強いのだ。


2回表に、うちの男子がうまく当てて、1塁に出た。

走るのが早い子だったので、監督も盗塁のサインをし、

ピッチャーが投げた瞬間猛スピードで走り出し、

また、バッターも大きく空振りをしたのだが、

なんとキャッチャーは、座ったまま2塁にライナーを投げ、アウトにした。


皆どよめいた。

岩佐君が言ってたのはこのことだったのね。


そしてまた、そのキャッチャーに2回裏、初球、見事なタイムリーを打たれた。

ヤジろうにもヤジる間もなかった。


ヤジを警戒して、蘭丸をスタメンから外していたが、

狭間さんともう一人の監督が相談し、3回表から、蘭丸を出すことにした。


バッター蘭丸のアナウンスがあった時、

(準決勝からは、放送部のアナウンスが入ることになっている)

女子の黄色い悲鳴を含む、大歓声が上がった。



それまでに負けて、試合のなくなったクラスも見に来ている。


試合を見ないで、応援席の蘭丸ばかり見たり、写真を撮ってる子も多かった。

大きな望遠レンズをつけたカメラを持ってきている子もいる。


最初は、それらのギャラリーを意識して、さりげなくポーズをとっていた蘭丸だが、

試合が進むにつれ、笑顔がなくなり、席に座ってこぶしを握っていた。


やはり負けず嫌いなのだ。



試合前に、狭間さんから、相手チームの名前の書いた表が渡されてあった。

そこには、ひとりひとりヤジの文句が書いてある。

キャッチャーには、

「ぶつかり詐欺が出たぞ。美少年を選んでぶつかって、いやらしいこと目的なのか?」

と書いてあり、笑ってしまった。


しかし、悲しいかな私たちはまだ1年生で、ヤジの経験が少ない。

こんなヤジ、どうやって言えばいいのか。


それまで勝ってきた試合の相手も、全部おとなしいクラスだったし、

蘭丸が顔を見せるだけで、歓声が上がり華やかになったので、

ヤジはほとんど必要なかったのだ。



しかし、2年E組は違った。

準決勝というのもあるだろうが、初回からヤジを飛ばしてきた。


1塁のコーチズボックスに土屋君が入った時など、

バッターよりも、土屋君にヤジが飛んだ。


「おー。ミスター1年。ハンサムだねえ。

でも、蘭丸に全部持っていかれちゃったよなあ。ああ、悔しい悔しい。」

周りがどっと笑う。


土屋君は聞こえないふりをしていたが、

頬がちょっと怒りで赤くなっていた。

蘭丸が何か言おうと、腰を上げかけた。


しかし、蘭丸よりも先に、なんと狭間さんが、すっくと立ちあがって

「1Bには、蘭丸君と土屋君のツートップがいるのよ。

2Eには、どなたかいらっしゃるのかしら美男子が。

今見る限り、どこにも見当たらないですが?」と、ヤジり返し、


「そーよ、そーよ。うらやましいでしょ。2Eの女子の先輩。」

と、わがクラスの女子みんなが同調し、なんと2Eからも、

「ちくしょー。うらやましいわよー」という声がした。

他の見学クラスからも笑いと拍手が起こった。


なので、蘭丸がバーターボックスに歩いていくときから、

すさまじい勢いでヤジが飛んできた。

しかし、女子の声援にかき消されて聞こえない。


蘭丸がふと立ち止まって、軽く笑った。

シャッター音が鳴り響き、黄色い声がおさまったそのとき、


「おい、蘭丸。土屋とは、もう寝たのか。

やりまくってんのか?それともキスだけの仲か?」

というヤジが聞こえ、シャッター音も歓声も止まり、シンとなった。


晴れた空の向こうで、遠雷が響いた。


蘭丸が、声の方を見た。

私も見たことがない冷たい目をしていた。


蘭丸が何か言おうと口を開いた瞬間、

1塁のコーチズボックスにいる土屋君が、

「キスもまだだよ!でも、ぼくはいつでもオッケーだよ。

準備はできている!」と、叫んだのだ。


女子たちの悲鳴のような声が沸き上がる。

狭間さんが、「あぁ!」と言って頭をがっくり垂れた。


すると、うちのクラスの他の男子から

「蘭丸君、土屋君だけじゃない。ぼくもオッケーだよ!」

と声が上がった。


「ぼくもだよ。初めて見たときからだ。」と別の男子。女子も、

「私もよ、蘭様。毎日待ってるわ。」見学のほかのクラスからも

「蘭様~。私達も列に並んでるわよ~~。」という叫び声。


「俺もいつでもいいぞー。待ってるぞー。」

と、なんと岩佐君まで叫んでいた。


なんだか急に、なごやかなような、

なまめかしいような空気に変わった。


みんな少し紅潮した頬で笑っていた。


狭間さんは、垂れていた頭を上げ、

「ベースコーチはヤジっちゃだめなのに。」と、小声でつぶやいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る