第31話

ソフトボール大会の日は、晴れ渡り、気温もぐんぐん上がっていた。


「この暑さも作戦のうちよ。

持久戦に持ち込んでもよし、ぱぱっと片づけてもよし。

とにかく、まずは1回戦。相手は1年だし、楽勝。でも気を抜くな!」

狭間さんが、みんなを集めて檄を飛ばす。


(一時休戦した様子の)狭間さんと土屋君たちが立てた作戦は、綿密で狡猾だった。

蘭丸の出番はあまりなく、

「秘密兵器として置いときたいけど、こう目立っちゃね。」

と、土屋君は笑い、でも、蘭丸の体力をあれこれと気遣っていた。


ベンチ兼応援サイドにいるときの蘭丸は、

「蘭様は、立ってるだけでいいから」と、コーチの一人である丸田さんに言われてるので、

敵が調子づいてるときには、すくっと立って、ちょっと可愛く振りをつけて踊ったりする。


我々1Bの女子が黄色い歓声を上げるが、

なんと敵チームからも、「蘭様~~~!!」と叫ぶ声がする。


はあぁ、蘭様ねえ。

誰が言いだしたか、蘭様という愛称にはもう慣れたけど、最初は面食らった。


しかしもう、すっかりアイドルが板についてるなあ。

私は蘭丸が敵ベンチにも手を振ってる姿を見ながら、小さくため息をついた。


確かに尋常じゃない数(もちろん、クラス学年問わず、他の学校の子からも)

の女子から告白されていたけど、蘭丸はすべてやんわり断っていた。


「入院していたとき、将来を誓い合った人がいるんだ。」

というのが、その理由だった。


蘭丸の入院していた病院を探し(父の友人のハッカーは、それも全て準備してあった)、

その相手を探る子もいたが、

「どうも、亡くなったらしいよ。」という噂がまことしやかに流れた。


それで余計、みなロマンチックに感じ、蘭丸の人気はますます上がったのだ。


ただ、女子たちは、「彼女」になることはあきらめ、

蘭丸をアイドルのように崇めることにしたようだった。


土屋君と仲がいいのもそれに拍車をかけた。


オタク女子の間では、ふたりのBL小説を書く子も現れ、

その小説は、女子の間で密かに回し読みをされていた。



私たちのクラスは、順調に勝ち進み、準決勝まで行った。


次の相手は強豪2年E組である。

優勝候補の一つである3年A組をもねじ伏せたのは、

中学の時ソフトボール部で全国大会に行った女子がいたことと、

その女子とバッテリーを組む男子ピッチャーが

結構な豪速球を投げるからだった。


それと、ヤジもすごかった。

3Aは、柔道部副キャプテンの岩佐君のクラスだが、

岩佐君が打席に立った時、

「副キャプテンになってから、インターハイを逃しているのはどうしてですかぁ?」

というヤジが飛び、

岩佐君の肩に力が入ってしまったところに、ストライクが飛び込んだ。


岩佐君は、相当悔しかったようだ。

準決勝は昼食後だったので、昼休み、私達のクラスにやって来て、蘭丸に

「とにかく、ぐうの音も出ないほどやっつけてほしい。」

と、ガラでもない熱血なセリフを真剣な顔で言ったほどだ。



「それと、相手のピッチャー。豪速球でコントロールもいいが、

速球だけで、変化球や緩急自在ってのがない。

あの速さと正確さに、最初は驚くかもしれないが、当たれば飛ぶ。


それよりも怖いのがキャッチャーの女子だ。

ソフト経験者で頭もいい。なにより肩が強い。

盗塁はほぼできないと思っていいぞ。強打者だしな。」


横で狭間さんがメモを取っていた。

「ありがとうございます。作戦が立てやすくなったわ。」

狭間さんが力強くうなずいた。


「岩佐先輩、先輩の雪辱は晴らします。」と蘭丸が言った。

岩佐君は、にやっと笑って蘭丸の肩を叩いた。


そして、ちょっと赤くなった。

「あと、ヤジには気をつけろ。」

「はい。」


「君は、全校誰もが知っている美少年だ。」

今度は蘭丸が少し赤くなった。


「そのことを面白く思っていない男がいるかもしれない。

しかも君たちは年下だし、ヤジも遠慮がないだろう。


俺も結構冷静な方だと思っていたけど、

痛い所をつかれたときは、自分でも納められないほど熱くなってしまった。

恥ずかしい。


きっと、ヤジOKってルールは、頭脳戦だけじゃなく、

心理戦もありだってことで、作られたんだろう。

俺たちの大先輩は、相当にクレイジーでクールだな。

試合楽しみに見させてもらうよ。」


そう言って岩佐君は、くるりと振り向き、行ってしまった。


かっこいい。やっぱりかっこいいわ。惚れ直してしまった。

なんてにやにや見送ってると、狭間さんが、ふと土屋君を振り返った。


「あのキャッチャー、確か、以前、土屋君にぶつかってこなかった?」

土屋君は、思い出そうと下を向いていた。


その土屋君を狭間さんが、ジロジロ見ていたが、

土屋君が顔を上げたので、目を反らした。


「うん。思い出したよ。

入学式から1週間目くらいかなあ。

教室に入ろうとしたら、猛烈な勢いで女子がぶつかってきた。

あれは、あの人だったのか。」


「覚えてるわ。うん、あの人よ。

みんなで土屋君の散らばったノートとか集めたもん。」

と、コーチの丸田さんが言った。


「それからその人、どうしたか覚えてる?」

と狭間さんが聞くと、丸田さんは、

「えっと、どうしたかなあ。

私達女子が土屋君を囲んで、大丈夫?とか言ってたので・・、あ、そうだ。

ちっと舌打ちして行ってしまったわ。


うん。謝りもしないであの態度何?とか、みんなで言ってたもの。

どう?狭間さん、使えそう?」と、にやっと笑うと、


「丸田さん、ナイス情報よ。心理戦で使えそうよ。」

狭間さんと丸田さんが、視線を交わして、不気味に笑った。


うわあ。いいなあ、うちの女子。


私は嬉しくなって蘭丸を見ると、蘭丸もにやにや笑って私を見ていた。


ほんと、次の試合、面白くなりそう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る