第29話

さて、わが校では、1学期の期末テストが終わった後、

丸一日つぶして、全校ソフトボール大会がある。


全学年と教員も入り乱れてのトーナメント戦だ。


各学級で、男女混合1チーム。

ヤジを飛ばしてもいい、という独自のルールがあり、

汚いヤジにはブーイングが、辛辣なヤジには賞賛が浴びせられるし、

ヤジに点数が着く場合もあるらしい。


私たちは1年で、初めての大会だったが、

上に姉や兄のいる子から、非常にシビアな戦いであることを聞かされていた。


先生たちも楽しみにしているようだ。

担任の先生は、クラスも気になるが、自分が出る先生チームのことも考えなければならない。


担任であっても、先生チーム(これが意外と強いのだ)というライバルなので、

2.3年生は、チームのポジションなど、担任に秘密にしている。


期末テストがその前にあるので、練習はできない。ぶっつけ本番だ。

それゆえ、作戦に重きが置かれる。


1チームは、監督2名とコーチ3名以外、選手とベンチは学級全員だ。

1試合5イニングで、代打、代走、指名打者、なんでもありで、

秘密兵器や大型最終兵器がでてきたり、

男女数は常に5人と4人でなければならないし、

と、それはもう、複雑かつ面白さ炸裂の頭脳戦らしい。


監督とコーチは、期末テストが終わった後、

厳正なる抽選で行われるので、事前の準備はできない。

テスト終了後、ソフトボール大会までの2日間が勝負なのだ。



今回の期末テスト、私の成績は中間テストよりぐんと上がった。

土屋君と蘭丸がお互いの家で遅くまで勉強をしていたので、

私も一緒にさせてもらったからだ。


土屋君のお姉さんたちに勉強を見てもらえる時もあった。

土屋君のお父さんとうちの父もなんだか意気投合したみたいで、

いつの間にか我々は家族ぐるみの付き合いになっていた。


土屋姉妹に、ソフトボール大会の秘訣も聞いたりしたので、

ソフトボール大会が楽しみになっていた。



期末テストが終了した日、

これよりソフトボール大会の抽選を行います、という学内放送が流れ、

よそのクラスの担任と副担任が箱を持って入ってきた。


ふたりとも、神妙な面持ちだ。

厳しいと言ってもいいほど。

その大仰な雰囲気に笑いかけた生徒もいたが、いつの間にか全員が真面目な態度になった。


先生がコホンと咳ばらいをし、箱の中からプリントを出して皆に配った。

見るとソフトボール大会の細かなルールだ。


「各自、これを読み、大会に備えること。

細かなペナルティもたくさんある。

また、当日は、監督・コーチが采配を振るうことになるが、

作戦は、それまでに学級全員で協力して立てること。

他にも色々あるが、楽しんでほしい。

いや、楽しまなきゃ損だぞ。」と厳しいままの顔で言った。


その間に副担が、箱に、丸い穴の開いたふたをかぶせた。

「出席番号順にくじを引け。」と先生が言い、

みなぞろぞろと立って並んだ。



土屋君はコーチになった。

女子の一人が、戦力が一人失われたわ、と嘆いた。


監督の一人に狭間さんがなり、

気の強い狭間さんが、早々に、1年B組(私たちのクラスだ)勝利宣言をした。


その後、狭間さんは、さっそく、連絡事項を我々に伝えた。


「明日は、教室に8時集合です。遅れないように。

体操服を忘れないでね。

家にグローブやバット、ボールのある人は持ってきてください。

あと、他のクラスの状況をできる限り探ってくること。

また先輩たちから、大会の様子や勝ちのコツなんか聞いた人は、あとで教えてください。」


やはり、狭間さんはしっかりしている。我々はもう、勝ったような気分になっていた。



「蘭丸君、待って。」

帰り際、狭間さんが、蘭丸に声を掛けた。


「土屋君がコーチになったので、有力選手が一人減ったの。

当日は、出ずっぱりになるかもしれないし、蘭丸君には、活躍してもらうつもりよ。

それで、体力は、あの、大丈夫そうかな?」


やはり、狭間さんも優秀だ。

蘭丸が病み上がり(の設定)だというのを忘れておらず、気遣ってくれている。


蘭丸は、にっこり笑った。

狭間さんが目をそらして頬を染める。

うわあ、こんな可愛い狭間さんって初めて見るわ。

美少年恐るべし。


「ありがとう。狭間さん。

もう体育も普通にやってるし、部活はしてないけど、土屋君とジョギングもしてる。

ぼくで良ければ、クラスに貢献させてもらうよ」


土屋君が狭間さんの後ろで、にやけていた。

一緒にジョギングをしてるって言われて嬉しかったのだろう。


狭間さんは、ちらっと蘭丸を見上げて、一段と頬が赤くなったが

「ありがとう、蘭丸君。頼むわね。それに、蘭丸君がいれば、

相手チームの女子がうちを応援してくれるってことも考えられるし。」


(男子もだよ)と土屋君が、口だけ動かして、私を見た。


ひゃあ、土屋君も、なんだか大胆になったなあ。

表情がちょっと動いた私に気づき、狭間さんが目線を追って振り向いた。


「あら、土屋君。コーチよろしくね。頼りにしてるわ。」

と、少し冷たく言った。


「あ、狭間、ちょっといいか。」

と、もう一人の監督になった男子が、狭間さんを呼んだ。


狭間さんは、冷たい顔のまま、その男子の方に歩いて行った。蘭丸が、

「土屋君、あの露骨な態度は、どう解釈すればいいのかな。」

と、土屋君に向かってにやにや笑った。


私はふと思いついて、

「もしかして、土屋君、狭間さんをふっちゃったとか?」

と言うと、蘭丸と土屋君が声をそろえて笑った。


その笑い声に、みんなが振り向く。


クラスのみんなも、もう美少年に慣れてきたとはいえ、

やはり、二人がそろうと、気になるようだ。土屋君が、

「いやいやいや、滅相もない。

ぼくは、なぜだかわからないけど、狭間さんに、

ちょっとした、目の敵にされてるんだ。」と、まだ笑顔のままで言った。


「まさか、蘭丸をめぐって、ライバル関係とか。」

と私が言うと、土屋君の笑顔が消えた。


妙な間があった。


「もしそうだとしても、」

と、そのとき、いきなり蘭丸が、土屋君の手首をつかんだ。


「ぼくは、彼女より、君を選ぶよ!」

と、ボクシングの試合での勝者のように、土屋君の腕を高く上げた。


一瞬で、土屋君の顔に歓喜が広がり、

クラスの何人かがカシャカシャとスマホでその様子を撮った。


私は、自分が恥ずかしくなり、また蘭丸の気転にも心の中で感謝しつつ、

「ごめんなさい。しょーもないこと言っちゃって。」と、土屋君に謝った。蘭丸も

「なんだか、美々子らしくないなあ。」と言いながら、私の肩を抱く。


「いいなあ。」というクラスの女子の声が、小さく聞こえた。

私は、蘭丸の腕をそっとほどいて、

「私らしくないって、素直に謝ったこと?」と蘭丸に聞いた。


蘭丸は首を振って、

「いや、土屋君に変な冗談を言った事だ。」と真面目な顔になった。土屋君が

「いいよ、蘭丸君。ぼく、神経質になってたみたい。川崎さん、ごめんね。」

と、謝ってくれたので、よけい恥じ入ってしまった。

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