第28話

赤いTシャツの方が、はじめて私に気づいたような顔をして、

「あら、あなた、えっと美々子さん?」と言うので、

「はい、すみません。」と、小さい声で言った。


赤シャツは笑い、

「謝ることないわよ。おっしゃるとおり、何もないのは掃除が楽なようにだし。」

「はあ。」私はますます恐縮した。


黄色いTシャツが、

「美々子さんは、映画がお好きなの?」

と聞いたが、私が答える前に、蘭丸が口をはさんだ。


「美々子は、お小遣いをためて、

エリック・ロメールのDVDBOXを買ったんだよね。」


私は、余計なことを言うなって感じで、蘭丸をにらんだ。

土屋姉妹二人が声をそろえて、

「すご~~い!」と嬉しそうに叫んだので、

私は、怒りよりも、恥ずかしさがこみあげてきて、赤くなってしまった。


「違うんです。買ったのは母のためで、

母が映画好きなのでお誕生日にプレゼントしたんです。

お年玉もほとんど使った。」


そうなのだ。別に買いたいものもなかったし、

中学になってからはお小遣いの額も上がったし、

なにより母が喜んでくれたのが嬉しくて、

と、それを今思い出して、私は急に切なくなった。


「それにしても、いいチョイスだわ。」と、黄色が言い、赤が私に尋ねた。

「で、あなたもそれをご覧になるの?」


私は、チラッと蘭丸を見てから、

「母に借りて、というか勝手に持ち出して見てます。あの・・。

ハリウッド映画を見慣れてたので、はじめは、何の事件も起こらなくて、

ただ喋ってるだけだし、

意味わかんないって感じだったんですけど、なんか、目が離せなくて。」


土屋姉妹は、何も言わず、ふんふんとうなずいてた。

それに勇気づけられて私は続けた。


「画面も派手に動かないのに、全然退屈しないのが不思議で。

なんというか、映画のリズムに慣れてくるというか、

身を任せていたら、すごく心地よくて。


画面に意図的というか作為的なないやらしさが全くないんですよ。

それに泣いたり笑ったり、ハラハラしたりってのもないのに、感情が湧いてくるというか。

うまく言えずにすみません。」


思わず、一気に熱くしゃべってしまった。

礼儀に反してるのではないか、と恥ずかしさ以上に不安になった。


赤が私をじっと見ていた。黄色が口を開いた。

「美々子ちゃん、素晴らしいわ。そんなに若いのに、ちゃんと理解してる。」


「感性が豊かなのよ。」赤が突然言った。そして、にやっと笑って

「元春の連れてくる『彼女』たちとは、大違い。」と言った。


「なんだよ、それ。」土屋君が、ふくれて言った。

「あんたの連れてくる子たちときたら。」



私はふと視線を感じて、蘭丸を見た。

蘭丸はママの目をして、私を見ていた。

いとし子を見るように。


土屋姉弟が言い争ってる間に、私は、蘭丸の手をそっと握った。

蘭丸も握り返した。


ママの手のつもりで握ったら、

大きな手だったので驚いたけど、なぜか気持ちが良かった。


そして握り返された時、ドキドキした自分が少し恥ずかしかった。


突然、蘭丸が手を離した。

赤いTシャツの方が、私達の、テーブルの下で握り合った手に気づいたような気がした。


「そんなだから、胸の大きさと知性は反比例する、なんて言われるのよ。」

そう言いながら、赤い方は、私の胸ではなく、

さっきまで蘭丸と繋いでいて、あわててテーブルに置いた私の手を見た。


お返しに、私は、赤いTシャツの胸を見た。



そういえば、最初、ふたりの細さに驚いたのだった。


ぴちっとしていないごく普通のTシャツと細身のジーンズで、背も高く、

ジーンズの小さなお尻から伸びている脚は、

ほっそりして、見事に真っすぐだ。


そこに綺麗な顔なもんだから、胸まで見る余裕がなかったが

(いや、別に見なくていいのだけど)、

今見ると、ゆるいTシャツの上からでも、胸の大きいのがわかった。


なに、この人たち。


骨格がこんなにスリムでモデルみたいなのに、そこに胸まであるなんて。

しかも、大きいだけじゃなく上がって寄ってるし。


いいなあ。

ていうか、ほんとに、こんな夢みたいな身体の持ち主が存在するんだ。

しかもふたりそろって。どうなってるんだ。


私自身は、いわゆる中肉中背だが、

母のスタイルの良さは受け継いでいない。


だから、メタボの父に似るのを恐れて、すごく気をつけていた。

きちんと食事はするが、甘いものをひかえたり、涙ぐましい努力をしているのだ。

してこれなのだ。


ほっそりスリムでもないし、グラマラスでもない。

跳んだり走ったりしたときに揺れる胸に、ちょっと憧れてもいるが、

この申し訳程度の胸で折り合いをつけるしかなかった。


胸よりも、細いウエストや長い脚がほしい。

でも、どちらかというと骨太タイプの私には、過ぎた夢だった。


なので、華奢なミス3年に、鼻の下を伸ばしてるんだと思う。


それにしても、この土屋姉妹のスタイルの良さには、恐れ入る。

なんの裏工作もせずに、堂々とミス学年になれるだろう。

ここまで美しいと誰も嫉妬もしないはずだ。


私の無言の賞賛を感じ取ったのか、赤いTシャツが、にっこり笑った。

「美々子ちゃん、いいわあ。全ての女子が美々子ちゃんみたいなら、

足の引っ張り合いもなく、

女性の地位も、声高でなく静かに上がっていくに違いないわ。」


「あ、そうか。」土屋君は、今気づいたって声を上げた。

「そういや、ぼくの元カノたちは、姉さんを妙にうらやんでたなあ。」


赤いTシャツは、今頃気づいたか、と土屋君をあきれ顔で見た。


「褒められたくもないところをわざと褒めたり、

あるいは露骨に無視したり。見え見えだったのに。」と、黄色が笑った。

「中学生でも、ませてる子は、ちゃんと女だし、

しかも、私達が目指したくないような女なのよね。」と、赤。


「手厳しいなあ。」蘭丸が結構真剣な声を出した。


「でも、それ、すごくわかりますよ。

女の敵は女、なんて陳腐な現実を見せられたら、たまらないですよね。」


「蘭丸ちゃんならわかってくれると思ってたわ。」と赤がうなずく。


「えっと、元カノたちって。そんなにたくさん付き合ってたの?土屋君。」

と、私は、驚いた声で聞いた。


「美々子、そっち?」と蘭丸があきれて言い、みんなが声を上げて笑った。

私も笑った。



それから、映画の話や、ミス学年の裏話、大学の話もした。

とても楽しい時を過ごせた。


赤い方が上のお姉さんだった。


また来てね。来るのよ、と上のお姉さんが私に言ってくれた。

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