第26話

蘭丸はその日、遅く帰って来て、興奮気味だった。


「美々子、今度美々子も一緒に行こう。土屋君ち。」

「はああ?蘭丸、どうしたの。何言ってるの。お邪魔虫になる気はないから。」


私は、二人のマラソンの練習を思い出していた。

あんな置いてきぼり感は、もうごめんだ。


「違うんだよ、美々子。お姉さんたち。

土屋君のお姉さんたちが、もう、めちゃくちゃナイスなんだ。」

「ああ、あの伝説姉妹。あ、蘭丸、ちゃんとご挨拶したんでしょうね。」


「当たり前だよ、ぼくはそつがないんだ。

あ、パパ、お土産ありがとう。すごく喜んでたよ。」と、父ににっこりした。


それを聞いて嬉しそうに赤くなる父を見て、確かにそつがないな、と思った。


「で、あのお姉さんたちなんだけど。」

と、蘭丸が続ける。父もニコニコして聞いている。


「ビジュアルがまずいいんだよー。

ふたりとも土屋君に似て、きりっとした美女。

切れ長のクールな目がたまんない。」

と、蘭丸は大きな目をくりくり動かした。


「もちろん、ぼくには優しくしてくれたけど、

あの目が怜悧に輝くときは、怖いだろうなあ。」と、蘭丸は嬉しそうだ。


「やだ。そんな怖い人たちと会いたくないよ。」と、私が言うと、

「いや、たまたま美々子の話になってさ、」

蘭丸は、(ごめん)といった表情になり、

人のうわさに上るのがなにより嫌いな私を見た。


「土屋君が、姉さんたちに、美々子のおっさんぶりを淡々と伝えたんだよ。

お姉さんたち、興味持っちゃってねえ。特にミス3年とのやり取り。」


「ああ、あのクロートさんの?」と、父が口をはさんだ。

私は父をにらみつけてから、

「どうせ、おっさんだから、コロリと騙されてる、

みたいなこと言ったんでしょ。」と、蘭丸に怒った。


「違う。違う。お姉さんたち、

美々子がミス3年に対して、妙な嫉妬を抱かないで、

ちゃんと鼻の下伸ばしてる、あ、ごめん、

つまり、きちんと彼女の良さを認めてるってことを喜んだんだ。」


「ふうん。よくわかんないけど。」

そう言いながらも、なんとなく、嬉しくなった。蘭丸は続けた。


「つまりさ、ミス学年になると、女子には疎まれるし、

かといって、男子受けもしない。」

「え?そうなの?モテモテになるかと思ってたんだけど。」


「それが違うんだな。ミスター学年は、女子にモテる。

ま、男子の中にはやっかむのもいるだろうけど、

やっかんだりしてるのがバレたら恥、みたいなのがあるので、表には出さない。」


「お、なるほどね。」

父も、興味津々と言う声を出した。


「確かに、土屋君はミスター1年だけど、

そのことで誰にもあれこれ言われてないわね。」


「だろう?私達はこんなに苦労したのに、モトハル(あ、土屋くんね)、

元春は、いい気なもんね、と、お姉さんたちは文句を言ってた。」

「そうなんだ。それに土屋君はどんな反応してるの?」


「いつものことだ、って笑ってたよ。」

「さすが土屋君。」


「父さんは、土屋君に同情しちゃうなあ。」

にやにや笑いながら、父が続けた。

「で、クロートのミス3年に対して美々子がとった態度に、お姉さんたち喜んだわけだ。

そのわけをくわしく聞きたいね。」


蘭丸は、ちょっと真面目な顔になった。


「つまり、ミスター学年は適当に選んじゃうけど、

ミス学年になるには、結構運動が必要でさ、苦労してなっても、報いが少ない。

ま、ミスもミスターも報いってのは、ちょっとした名誉と、

将来我が子に自慢できるくらいのものなんだけど。

ミスの場合は、報いよりもマイナスの方が大きいんだ。」

「それが、嫉妬ややっかみってこと?」


「うん、もちろん、それもある。

ミスになると、同程度の綺麗さの子からは、私の方がふさわしいのに、って常に思われてるし、

それ以外の子からは、綺麗な人はいっぱいいるのに、

彼女がなったのは、なにか裏があるからだ、って感じで。」


「うわあ、もう、面倒くさいなあ。」

私は立ち上がって言った。

「眠たいから寝てくるわ。」


「ちょ、美々子、ここからが面白い論理なのに。」

「もういいよ。ふたりで論理を展開してな。

私は寝る。おやすみ。」


蘭丸は、あきれたような、面白いのを見るような顔で私を見た。


「おやすみ、美々子。でも、土屋君の家には、一緒に行こうな。」


「うーん。考えとく。」と言って、私は居間を出た。

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