第25話

父と二人きりになって、私は切り出した。


「父さん、本当のことを教えて。」


父は、真面目な顔になって私を見る。

私は、何を聞こうかと一瞬迷ったが、単刀直入に攻めてみようと思った。


「ね、蘭丸は、ママなの?」

「そうだよ。」と、父は、即座に、迷わず、そして優しい声で答えた。


「でも、じゃあ、それじゃあ、おかしくない?

なんで人間がそっくり変わってしまうの?

そんなの聞いたこともないし、本当だったら、ビッグニュースだよ。」


「美々子は、これをニュースにしたいのかい?」

「いや、したくないよ、もちろん。そんなことを言ってるんじゃなくて・・。

そんなことじゃないの。

私が聞きたいのは、えっと。ね、ママはどこにいるの?」


「ママは、蘭丸君なんだ。」父は、ゆっくりと言った。


「ね、美々子。不思議なことは色々起きてるんだよ。

科学で説明できないからと言って、否定する必要はないんだ。

恐れることもないよ。

おばあちゃんのお葬式を覚えているだろう?」



そうだった。

ママの母親、つまり私の祖母のお葬式の時、

誰かが、おばあちゃんは、そそっかしかったよねえ、と言った瞬間、

おばあちゃんの写真が、カタカタと鳴った。


そのかたむきを直しながら母が、それにいたずら好きで、と言うと、

お供えしてる果物がころころと転がる。

私達は怖がるどころか、大笑いをしたのだった。



「でも、それはおばあちゃんの霊魂で、

じゃあ、ママの魂が蘭丸に乗り移ったの?

まさか、ママはもう、まさかもう、し死んじゃってるの?!」

私は悲鳴のような声を出した。


「美々子、美々子。ママは死んじゃいないよ。

それは確かだ。今もちゃんと生きている。」

父は、力強く言った。


ただ、その力強さは、私に言い聞かせるためだけじゃなく、

自分の確信のためじゃないかと、なんとなく思ってしまった。


いや、確信じゃないな、父にはためらいが微塵もなかったし、

むしろ、決意と言うか、そんな感じ。


私は、父をじっと見つめた。


「じゃあ、ママはどこにいるの?蘭丸はどうして現れたの?

ママと、蘭丸ってどこかの子が、入れ替わっちゃったとか?」


「いや、入れ替わりじゃないよ。蘭丸君はママそのものなんだ。

美々子にはわからないかい?」


「うう。確かに、ママだと思うときもあるけど。あの性格見てれば。」

「だろう?蘭丸君の姿をしてるだけで、ママはママなんだよ。」


「でも、ママの真似をしてる男の子、って可能性もあるでしょう?

ママと父さんだけの秘密を蘭丸が知ってたとしても、

ママから聞き出したのかもしれないし。」


「まあ、普通はそう考えるだろうけど、

ママの目をしてる、とか、色々知ってる、ってことだけじゃなく、

父さんは、鏡に映ったママを見てるんだ。」


そうだった。なぜそれを忘れていたのだろう。

ママは確かに鏡に映っていた。

蘭丸と一瞬で入れ替わったのではなく、鏡に映った蘭丸は、確かにママだった。


それで私は振り向いて、でも、ママはいなくて、蘭丸がいて・・。

そのあと、私は蘭丸の胸で泣いた。


蘭丸に抱きしめられたのだった。


蘭丸はママだったけど、

でも、でも、男子に抱きしめられたのは、私は初めてで、

その恥じらいを今思い出した。


正直に言おう。


泣きながら、ママに会いたいと泣きながらも、

私は、「男の子に抱かれている」というのを強く意識していたのだ。


ママかもしれないけど、いや、ママだとしても、蘭丸は蘭丸だった。


私を抱いた腕はしなやかでたくましく、その胸は、胸板は、広くて、

想像していたよりもずっと硬くて、初めての感触で、

私はそれにひそかに驚いたのだ。


たぶん、そんな自分が恥ずかしくて、

その恥じらいをママはどこなのか、という疑問にすり替えたのかもしれない。


自分が思春期真っただ中なんだ、とふと気づき、私は赤くなった。


赤くなった自分を隠すために、怒ったふりをして、父に尋ねた。

「じゃあ、父さんは、ママが蘭丸でもいいの?

ママに、本物のママに会いたくないの?」


「会いたくないとは言えないが、

でも、父さんは、ママが蘭丸君のままでもいいんだ。

ママがそれでよければね。」

私の赤い頬から、ちょっと目をそらして父が、穏やかに言った。


「ママがよければ?

じゃあ、ママは蘭丸になってるのを楽しんでるの?」


「そうじゃないかなあ。考えてもみてごらん。若返ったんだよ?

もちろんママは、十分に若くて綺麗だけど、

それでも、もう一度青春時代に戻れたんだ。しかも、美少年になって。

父さんも、美々子みたいな美少女に変身出来たら、きっと嬉しいよ。」


美々子みたいな、と言われたのに、むっとした私は、父に意地悪く聞いた。


「じゃあ、父さんは、嫌じゃないの?

今も、土屋君と二人きりじゃない?

蘭丸がもし、土屋君に迫ってるとしたら?」


父は、私をじっと見つめて、穏やかに言った。


「美々子、見えている部分がすべてなんだよ。

ママが蘭丸君になって、それで父さんの前で機嫌が良いと僕は嬉しい。

見えてないところを勝手に想像して苦しむのは、馬鹿らしいよ。」


私は口をつぐんだ。確かにそうだ。

父はそんな私を見て、少し悲しそうに


「ごめん。美々子はママに会いたいんだね。蘭丸君ではなくて」と言った。


私は、小さく首を振りながら、

「父さん、違うの。私もわからないの。

ママが恋しいけど、でも、蘭丸も好きなの。」


思わずそう言ってしまって、私はさっきより赤くなって目をそらした。


そんな私を父が優しく見つめているのが感じられた。


「美々子。ママであれ、蘭丸君であれ、

人を恋うることを恥じるべきじゃないよ。

素晴らしい感情なんだよ、それは。」


私は顔を上げて父を見た。


「父さん、ありがとう。私は父さんの娘でいることを誇りに思うわ」

今度は父が赤くなった。


そんな父を見ながら私は思った。

父と話したことによって、全て納得したのか。

いや、違う。はぐらかされた、とまでは言わないが、すっきりもしていなかった。


ただ、父を問い詰めない方がいいのでは、という分別が働いた。


それに、なんだか無性に蘭丸に会いたかった。ママではなく。

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