第23話

私は混乱していた。


土屋くんと走った夜は、蘭丸がママになった瞬間、蘭丸が恋しいと思った。

でも、今朝は、私は蘭丸にいてほしくなかった。


ママが恋しかった。

ママに会いたい。ママはどこに行ったのだろう。

なぜ蘭丸の姿をしているのだろう。


確かに、目も覚めるような美少年といるのは楽しい。

みんなも蘭丸目当てに私にまでちやほやしてくれる。


いや、そんなことより、もっと根本的なことだ。

そもそも、なぜママが蘭丸に変わったのか。


あれよあれよという間に、成り行きですんなり受け入れてしまったが、

どう考えてもおかしいでしょ。


ママがどこかにいて、蘭丸と名乗る美少年が、ママの振りをしている、

それが一番妥当な考え方だ。


父が、蘭丸はママだ、と言ったので、私も納得してしまったのだ。

それに、蘭丸は、ママのクセと言うか、話し方や話す内容が同じで、それも納得させられた要因だ。


蘭丸が、ママの真似をしているとしたら?

でも、そんなことで父まで騙されないだろう。


まさか、父もグルなのか。

みんなして、私をだましてる?いったい何のために?


私は父に聞こうと決心した。 



しかし、なかなか父と二人きりになれなかった。


いつも蘭丸がいた。

でも、父と蘭丸をじっくり観察することは出来た。


父は時折、蘭丸をうっとりと見つめていた。

思わずその髪に触れたりもした。


そんなとき、蘭丸は父を見て、にっこりと微笑む。

鏡の中で教えてもらったあの笑顔でもないし、岩佐君に見せた妖艶な表情でもない。


優しさにあふれた微笑みだ。

ときおり、私を見る時と同じ。


蘭丸が父に触れることもある。

蘭丸が座って、父が立っているとき、父のぽっちゃりした頬を両手で挟む。


ああそうだ。これはママのしぐさと同じ。



昔から、二人が見つめ合ってるのを、

「年頃の娘の前でやめてよ。」と、私はよく文句を言ってたものだ。


そんなとき、ママは、

「あーら。いいじゃない。パパとママは仲良しなのよ。」と言い、父も

「父さんとママが仲いいと、美々子も嬉しいだろう」と、ニコニコ笑っていた。



確かに仲の良い夫婦だった。

喧嘩をしてるのも見たことがなかった。


小さい頃は、「夫婦喧嘩」なるものにちょっと憧れていて、

リビングでどたんばたんと音がするので、あわてて二階から降りてきたら、

ふたりがプロレスごっこをしていたときもあった。


私は呆れて、二人(母に足四の字固めをかけられて苦しむ父)を見ていた。


友人に聞くと、お皿を割ったり、実家に帰らせていただきます、

みたいなステレオタイプの夫婦喧嘩などなく、

一様に、冷たく悲惨で、友人は耳をふさいで部屋に閉じこもる、と言ってた。


それからは、夫婦喧嘩には憧れず、両親の仲の良いことを感謝していた。



まさか、仲が良すぎたから、母が美少年になったのか?


ママも美少年好きだし、父もまんざらではないだろう。

いやいや。そうじゃない。それなら、蘭丸がママだという前提になる。


もしかして、父がどこかで蘭丸を見染めてしまい、

何らかの取引で、母と蘭丸を交換したとか?まさか父が。


でも、そういえば、ハッカーに知り合いがいるって言ってたし。

まさか父が悪の親玉だったりして。

なんて考えた時、私は思わず笑ってしまった。


でも、万が一、そうだとしても、蘭丸を母そっくりにしたい、なんて思うだろうか。


そうなのだ。蘭丸はどこをどう見ても美少年で、

つまり若い男の子で、ママは、(若くない)女性だ。


でも、ふたりは、どこかがそっくりなのだ。



ふたりとも綺麗な顔をしているが、系統が違っていた。

母は、いわゆる整った顔で、すっきりとした美人だった。


美々子のお母さん、女優さんみたい、とみんなに言われて、私は鼻が高かった。

たとえ、美々子もお母さんに似てたらよかったのにねー、と付け加えられても。


だから、双子の蘭丸が美少年で、私と似てなくても、

川崎さんのお母さんが美人なんだって、と誰かが言ってから、みんなが納得したのだった。


蘭丸と母がそっくりなのは、仕草と目(と性格)だ。

目の形は違うが、黒目の色が同じで、

その黒目だけを見てると、蘭丸と母は、全く一緒だった。


蘭丸の目をじっと見つめる父も、その目に母を見ているのだろう。


だとすると、やはり蘭丸は母なのか。


わからなくなって、私は頭を振った。

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