第21話

蘭丸が、隣に座った土屋君の頬に、ドリンクをくっつけた。


「ちょ、冷たいって。」土屋君が笑う。

私は前かごから、新しいドリンクを出そうとした。


「いいよ。これ貰うから。」

と土屋君は、蘭丸が飲んだドリンクをひったくった。


走って来て上気している顔で、土屋君は、挑むようにそのドリンクを飲んだ。


「うわ。間接キス。」と言ったのは、蘭丸だ。

土屋君の上気した顔が急激に冷めてくる。


「ご。ごめん。いやだった?」

泣きそうな顔になって土屋君が、蘭丸をじっと見た。


なんなんだ、この展開。

なんだかむずがゆくなる。この場でいるのが悪い気がしてきた。


「もちろんイヤじゃないよー。冗談で言っただけ。」

とにっこり笑う蘭丸から目をそらして、土屋君は赤くなったけど、

唇が嬉しそうに笑うのを止められないのが見て取れる。


なんだかもう、恥ずかしい。土屋君がもてあそばれてるようだ。


蘭丸が唐突に、

「あ、ね。土屋君は、付き合ってる子、いてるの?」と言った。

土屋君はびっくりした顔で、蘭丸を見て、さっきとは違う赤面になった。


「あ、うん。いや、中学のときに付き合ってる子はいたけど、

高校が別なので、いつのまにか、自然消滅というか。」声が小さくなっていく。


「ふーん、そう。」と言ったきりで、蘭丸がツッコまないので、私が後を継いだ。


「土屋君を手放すのは惜しいよ、

きっとその子はまだ、土屋君を彼氏だと思ってるんじゃない?」と聞いた。


土屋君は、ちょっと助かったという顔になって、私に小さく微笑んだ。

「いや、もうすでに新しい彼がいてるって、そこの高校の子が言ってたから。」


「じゃ、土屋君、フラれたんだ。」

と蘭丸が、意地悪そうな声で言った。


土屋君は怒るかと思ったけど、嬉しそうな声で答えた。

「ああ。そうかもなー。もったいないことしたよ。

胸が大きかったんだ彼女。」と言って、

「あ、ごめん。」と私を見た。


「いいんだよ。美々子は、おっさんだから。」

と、蘭丸の声はまだ意地悪モードだ。


「うるさい、蘭丸。」私が言うと、土屋君が嬉しそうに、

「川崎、えっと川崎さん、おっさんだったんだ。」と笑った。


「川崎さんだなんて。美々子でいいよ。

おっさん美々子でもいい。」と蘭丸が言うので、私はちょっと焦った。


「だめよ。土屋君まで美々子って呼ぶと、

私、女子から何されるか恐ろしいよ。川崎でいいよ。

おっさんは絶対嫌だ。」


「おっさんなのにー。あ、じゃあさ、土屋君、今誰とも付き合ってないなら、」


と、蘭丸が言い始めて、

うわ、もし「美々子はどう?」なんて続けたら、蘭丸殺す、

と凶暴な思いが湧いた私を察したのかどうなのか、

「あの副委員長の子は?」と続けた。


「あ、狭間?いや、あの子はどうも。性格悪そうだし。」と土屋君が答えると、蘭丸は、

「美々子は、ミス3年に夢中なんだ。」と言った。


土屋君は、私と蘭丸を交互に見て、

「ミス3年ねえ。」と意味ありげに笑う。


蘭丸も意地悪そうに笑って、

「ね。おっさんの好みでしょ。」と言ったら、土屋君も、

「川崎、ほんとにおっさんなんだ。」と驚くふりをして、

ふたりして、にやにや笑ってこっちを見ている。

何なの、もう。



突然フラッシュがたかれた。

さっきのギャラリーが追いついたのか、新しいギャラリーか。

私達は立ち上がって、続きを走ることにした。


「お先にっ」と蘭丸が笑って、走り出す。

「あ、こら!」と土屋君が続く。


私はその後を自転車で追いかけた。

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