第13話

「もともと、日本の戦でも、女性は連れて行かず、

小姓を連れて行き、あれこれ世話をしてもらう、

という風潮があったんだ。」


女子の誰かが、

「森蘭丸・・」とつぶやいた。少し教室がざわついた。


「そうだね。転校生の蘭丸君と同じ名前だ。

そして、森蘭丸も美少年であった。

しかし、それだけじゃない。彼は信長の小姓として、それは優秀だったのだ。


見事に秘書役をこなしていた。

信長の心を読み、常に準備を怠らなかった。

黒澤明の『影武者』に、少しだけ出てくるが、

その何気ないシーンは、本当に素晴らしいよ。」


私は、映画「影武者」を見よう、と決心した。

たぶん、他の子たちも同じじゃないだろうか。



この先生は、ときおり、雑談のとき、

授業内容にそった映画の話をしてくれるが、

先生が紹介してくれた映画を、その後見てみると、

難解な部分もあるが、非常に心に残る。


先生はなおも続けた。

「江戸時代の男色文化は有名だし、悲惨な部分もあるので、

ここでは言わないことにしておくけども、

じゃあ、古文に出てくる美少年と言うと、誰かな。」


「在原業平」

「光源氏」という声が上がった。


「いいねえ。非常にナイスな答えだ。

業平も光源氏も、美少年でプレイボーイ。

浮名を流した女性の数は多いが、

しかし、彼らも男色を行ったらしいよ。


それは快楽のためかもしれないが、

政治的な意味合いも大きかった。

ま、そのものずばりの描写はないが、

『伊勢物語』や『源氏物語』を読み解けば、何かわかるかもしれないね。」


ああもう、これで先生の思うつぼだ。

たぶん皆これから、伊勢物語と源氏物語に興味を示すだろう。

江戸時代の男色を調べる子もいるに違いない。


「雑談はここまで。授業に入ろう。蘭丸君。」

先生が、蘭丸に向かって言った。


「はい」と蘭丸が答える。皆、振り返って蘭丸を見た。


背筋をスッと伸ばして座る蘭丸は、

古文の世界からやって来た貴公子のようだった。


「君を肴にしたわけではないが、

名前が出たりして不愉快だったら謝るよ。」


「そんなことは、全くありません。

むしろ名誉なことだと思っています。」

と蘭丸が答え、先生は、静かに笑った。


「君という、誰が見ても華やかな美少年が現れて、

皆にいい影響があるようにと願うよ。

たぶんそうなるだろうけどね。」


蘭丸は、先生をじっと見ていた。


先生は、少し赤くなり、咳払いをして授業に戻った。

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