第98話

人気の少ないところまでやってくると、美咲を掴んでいた手を離し、勢いよく怒鳴るありさ。


「お前はなにやってんだ、アホっ!

 あんなに人が凄いところで、殴るとかしないだろっ!

 澪の事ほったらかしにして、バカかっ!」


「だって、売られた喧嘩は買うもんだろ~?」


怒りが収まった美咲は、いつもの表情に戻っていた。


「買うにしたって、せめて人気が無いところでやるもんだろっ!

 あたしらがたまたまいたから良かったものの、あのままだったら間違いなくパクられてたかもしれないんだからなっ!

 ちゃんと考えてから行動しろって言ってるだろっ!

 本当にお前は昔から気が短いんだからっ!」


「そんなに怒鳴るなよ~」


「澪見てみろ、怯えてるじゃねえかっ」


すると、梓が一言。


「いや、去り際にあの男の股間蹴り上げてたから、そうでもないかもよ?」


「澪もどさくさ紛れになにやってんの!?」


「え、だってうざかったから」


「お~ま~え~らっ!!!!」


「ありさ、ありさがとりあえず落ち着かないと。

 ほら、飲み物でも買いに行こうよ。

 2人はここで待ってて?」


ありさ達を見送ると、近くにあったベンチに腰を下ろした美咲。

澪もその横に腰を下ろす。


「ごめん」


掌を見つめたまま、美咲が呟く。


「すげ~ムカついちゃって…。

 黙っていられなかったんだ、ごめん」


うなだれる美咲に、澪はそっと声をかける。


「ううん、あたしもムカついてたし。

 美咲が殴らなくても、あたしが殴ってたよ。

 …美咲、手は大丈夫?

 痛かったでしょ?」


美咲の手を見つめながら話す澪。


「いや、大丈夫。

 殴るのは慣れてるし。

 澪も怖かった…よね。

 あんな顔、見られたくなかったな」


苦笑いする美咲の手を、包むように自分の手を重ねる澪を見やる。


「不謹慎…かもだけど、嬉しかったから。

 ごめんね、変だよね。

 でも、上手く言えないけど、嬉しかったの」


澪の言葉を聞きながら、澪の肩に頭を乗せる美咲。


「あいつだけは許せなかった。

 本当を言えば、もっと殴りたかったよ。

 殴る価値も無いのは解ってたんだけどさ。

 気付いたら殴ってた」


「もういいの。

 あたしは大丈夫だから」


自分の頭をそっと美咲の頭に重ねると、そのまま2人は黙ったままだった。

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