第97話

勢いをつけ、拳をまっすぐ美咲に向けた。

瞬時に横に避け、卓也の足を払うと壮大に転ぶ卓也。

黒い甚平は乾いた土がつき、膝からは血が出ていた。


「だっさ」


見下ろしながら、

見下しながら、

卓也に唾を吐きつける。


「なにしやがるぁっ!!」


「てめえが勝手に転んだだけじゃねえか」


「っ、このやらぁっ」


むくっと起き上がると、再び殴りかかってきた。

同じように横に避けたと同時に、相手の鳩尾に右膝を食らわせる。

よろけたところに胸ぐらを掴み、思い切り引き寄せると相手の鼻に自分の額をぶつける。


鼻を押さえながら、もがき苦しむ卓也の肺の辺りに、ボールを蹴るように爪先で蹴り上げる。

一瞬呼吸困難になり、息が止まる卓也。


「弱い犬程よく吼える。

 ああ、てめえは犬以下か」


靴裏で卓也の顔を踏みながら、相手の反応を伺う美咲。

反論しようにも、先程の一撃により声が出ない。


「さっきみてえに、でけえ声で吼えてみろよ。

 澪はこんなんより、辛い思いをしたんだよ」


更に強く踏みつけると、呻きながら「助けてくれ」と声を出した。


「ああ?助けろだあ?

 冗談は顔だけにしろよ」


「お、お願い、します…。

 か、勘弁、して、下さい……」


「はっ、地べた這いずり回って情けない面ぐちゃぐちゃにしたら許してやるよ。

 一緒にいる女も可哀想になあ。

 こんな奴の何処がいいの?」


完璧にキレてしまった美咲を、どう止めていいのか解らない。

このままでは、警察が来てしまう。

花火どころではない。


すると、うろたえていた澪の横を誰かが通り抜けた。

自分と同じように浴衣を着た女の人。

そして、後ろから肩を叩かれ、思わずビクッと反応してしまった。

警察だ、そう思って振り返ると、見知った顔がそこにはあった。


浴衣を着た女性は美咲の前に顔を出す。


「おいこらみさきち、な~にやってんの?」


ありさだった。


「……ありさ?

 何してんの?」


「いや、こっちのセリフだし。

 とりあえず逃げるぞ。

 こるぅあっ、見せもんじゃねえんだよ、どけえぇっ」


ありさの一喝により、人だかりが掃けた。

その間をずんずん進んでいくありさに、手を引っ張られる美咲。


梓に肩を抱かれ、ありさの後をついて行く澪。

転がったままの卓也に、去り際に股間を蹴り上げた澪を見て、梓は笑ってしまった。

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