第96話

男が此方に近付いてきた。

連れの女は阻止しようとしたが、強引に腕を引っ張られている。


澪が美咲の腕を掴む。

その手は僅かに震えていた。


「澪…だよな。

 久し振り」


軽く笑いながら、先程よりも近付いてくる卓也。

察した美咲は澪の少し前に出ると、澪は美咲の体に少し体を隠す。


「なに?彼氏?

 もう新しい男?」


「じ、自分だって女の子と一緒じゃない」


震える声を絞り出しなら、卓也と会話をする。


「そんなに警戒する事なくね?

 付き合ってた仲じゃん」


「あんたと付き合ったのは、あたしの人生の最大の汚点だって言ったでしょ」


「俺に快くヴァージン捧げたのは誰だよ」


「半ば強引に奪ったくせに…」


行き交う人達の視線を浴びるが、気にする事なく会話を続ける卓也。


「なんならやり直そうか?

 そんな奴より俺の方がいい男だし~」


「あんた、全然懲りてないのっ!?」


「あん時やられた痛みは忘れてねえよ。

 仕返しはたっぷりしてやんねえとなあ」


にやついた顔でなじる。

一刻も早くこの場から逃げ出したい。

すると…。



「大の男が素っ裸の状態で女に股間蹴り上げられて、失神したくせに偉そうな事言ってんじゃねえよ」



静かな声ではあるが、その中には怒りがこもっている。

美咲の声に、澪が咄嗟に美咲の顔を見る。

いつもの穏やかな顔は何処にもない。

鋭い眼差しは卓也をしっかりと捕え、一瞬の隙も与えない。

先に視線をそらしたのは卓也だった。


「なんでてめえがそれ知ってんだよ。

 うぜえんだけど」


「別れた女をなじる、怖がらせるような奴の方がうぜえだろ。

 連れの女の事も放置か。

 随分なもんだな、おい」


「関係ねえだろ、何様だ、コラ」


「澪の彼氏様に決まってんだろうが。

 今なら見逃してやるから失せろ。

 俺は気が短えんだ、早くしろ」


「はあぁ?偉そうにもの言ってんじゃねえよ」


拳を握り締めた卓也に対し、特に構えずに蔑んだ眼差しを向け続ける美咲。


「まじうぜえわ。

 余裕こいてんじゃねえよ」


「つたない言葉でしか挑発出来ない、お前の余裕の無さが笑える。

 頭が悪い証拠だよな。

 バカなの?

 ああ、バカだから澪にふられたのか。

 だからふられた事も解らないのか。

 めでてえ頭で羨ましいわ」


「てめえぇぇっ、さっきからうぜえって言ってんだろおおおおっ!」


「卓也、やめてっ!」

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