第74話

「電話出ないなあ」


教室を出るとすぐに澪に電話をかけたが、一向に出る気配が無い。

下駄箱まで行き、靴を履き替え、歩き出そうとすると携帯が鳴った。

澪からだったが、電話ではなくメッセージだった。


「急にバイトが入っちゃったので、今日の買い物はキャンセルさせてね。

 ごめんね」


絵文字も顔文字もない、文章だけのメッセージ。

いつもなら、絵文字も顔文字もたくさん使うのに。


バイトなら仕方ないか、急いでるんだろうな。

携帯を制服のポケットにしまい、学校を後にした。




風が吹くと頬が冷たい。

指先で頬に触れると、涙で濡れていた。


すれ違う人は、時折あたしを見てはまた前を向いて歩いて行く。

駅前は賑やか。

今はその賑やかさにさえ、野次を投げたくなる。


足早に家路を辿り、乱暴に靴を脱ぐと一目散に部屋に向かった。

いつもならいる母親は、今日に限っていない。

妹もまだ帰ってきていないようだ。


美咲の言葉が壊れたレコードのように、頭の中でループする。

また溢れ出す涙。

悲しみも、寂しさも溢れてくる。

堪えきれず、大声で泣いてしまった。


自分が浮かれていた。

心の何処かで、自分は特別だと思っていたのかもしれない。



「好きな人がいます」



貴女が好きになる人は、どんな人なんだろう。

あたしには関係のない事だけど。


美咲、あたし涙が止まらないよ。

あたし貴女の事、こんなに好きだったみたい。


初めて逢った時から、自分でも気付かないくらい惹かれていた。

貴女は女の子だけど、そんな事はどうでもよくて。


好きで、好きで、大好きなの。


独り占めしたい。

他の誰にも取られたくない。

あたしだけの傍にいてほしい。

でも、それは叶わない願い。


ねえ、あたしが看病しに行った時みたいに、頬に触れてほしい。

貴女に触れてほしい。


あの時あたしに触れた、貴女の体温から伝わる優しさに、どれ程心が温かくなったか知らないでしょう?

誰かを大切に思う気持ち、思い出せたんだよ。

貴女のお陰で思い出す事が出来たの。


でも今は、あの日の事さえ辛い。

明日はどんな顔をして、貴女に逢えばいいんだろう。


いつものように笑えるかな。

ううん、笑わなきゃ。


貴女が知ってる「澪」でいなきゃ…。

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