第73話

待つところと言えば、図書室くらいしかない。

という訳で、教室を後にしてこちらにやってきた。

適当に本を選んで時間潰しに読んではいるが、内容がいまいち頭に入らない。


「早く連絡こないかなあ…」


少し読んでは、壁にかかっている時計に目をやるも、時間はまだ5分も進んでいない。

楽しい時間は悲しいくらい時間が経つのが早いのに、つまらない時間程経つのは遅いものである。


「あっ」


ふとありさから借りたCDを、教室のロッカーに入れっぱなしだった事を思い出した。

取りに行くかな。

本を元の位置に戻し、鞄を持つと図書室を後にした。


図書室から教室まで、軽い鼻歌を歌いながら歩いた。

誰もいない事もあり、小さな声で歌っていても大きく聞こえるような気がした。


教室の前に着き、ドアに手を掛けると中から声が聞こえる。

誰かいるのだろうか。


何処かで聞いた事のある、ちょっと低い声。

美咲…?

と誰かいる。


ドアに掛けた手を下ろし、開けるのを躊躇った。

なんとなく、開けてはいけない気がしたからだ。


「あ、あの、私、田山さんの事、初めて見た時からずっと…その…」


これは…。

俗にいう「告白」というやつで。

今まさにその瞬間に、居合わせてしまった訳で。


図書室に引き返そうか。

でも、どうしてか足が動かない。


「わ、私、田山さんが…好きです。

 付き合ってくれたらいいなって…」


言い終わると、静寂が訪れた。

無音が続く。

息をするのもなんだか重い。


「ごめんなさい。

 貴女とは付き合えません」


何かのドラマのセリフのような。

気持ちの無いように思える声が響く。

いつもの美咲とは、違うような感じがする。


「な、なんでですか…?」


誰かの声が震えている。


「見ず知らずの人を、いきなり好きになれというのは難しいです。

 それに私には好きな人がいます」


その言葉を聞いた瞬間、鈍器で頭を殴られたような衝撃が走った。


気がついたら足音を立てないように、その場から逃げるように歩き出していた。

階段を急いで下りる。

1秒でも早く、この場所から逃げたい。


靴を履き替えると、正門に向けて走り出した。

振り返る事もなく。

早く、早く……。

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