第67話

「大丈夫…?」


美咲の胸に顔を埋めたままの澪が、美咲の声で顔を上げた。

思いのほか2人の顔の距離が近くて、お互いに照れてしまった。


「ご、ごめんっ!

 重いよねっ!?」


「いや、軽いけど」


「す、すぐ退くからっ!!」


慌てる澪が面白くて、ちょっと悪戯したくなった美咲は、澪の腕を掴み更に顔を近付ける。


「ねえねえ、おでこで熱計って?」


澪の顔が真っ赤になった。

まさに茹でだこ状態である。


「ほあぁっ!?」


「お願い」


ニヤニヤしたいけど、ぐっと我慢する美咲。

腕を掴まれてる為、逃げられない澪。

思考回路をフルに回してみるも虚しく、回路は見事にパンクしてしまった。


言われるがまま、目を閉じて恐る恐る自分の額を近付ける。

一瞬の出来事なのに、とても長く感じた。

目を開けると、悪戯顔の美咲が笑っている。


「どう、熱あった?」


「…わかんない」


「じゃあ、もっかいする?」


気付けば腰に手を回され、ぐっと引き寄せられてしまった。

この腕からどうやっても逃げられない、逃げたくない。


まだ少し熱を帯びた美咲の手が、澪の頬に触れると思わずぎゅっと目を閉じてしまった。


美咲の手が澪の前髪をかきわけて止まる。

目を開けていいのか、どうしようか……。


静かに目を開けると、先程の悪戯顔は何処へ?

真剣な瞳が澪の瞳を捕えた。


早まる鼓動。

言葉さえ出てこない。

まるで時間が止まったかのよう。


見つめ合ったまま、意識とは裏腹に顔を近付けていく。

少し開いた口唇が近付いていく。

開けたばかりの目を閉じて、身を任せようとした。


その時、鼻っぱしに軽い痛みが走る。

急いで目を開けると、先程の真剣な顔はなく、けらけらと笑う美咲がいた。

どうやら指先で鼻を弾かれたようだ。


「冗談だよ」


笑いながら言う美咲を暫く見つめると、我に返った澪。

津波のように押し寄せる恥ずかしさが、心を埋め尽くしていく。


先に立ち上がった美咲は右手を澪に差し出し、ぐっと引き上げた。

立ち上がった澪の頭を撫でると、そのままキッチンに向かってしまった。


手で顔を覆い、動揺を隠せなかったのは言うまでもない訳で。

それを知ってて、キッチンから聞こえた声。



「女同士だから恥ずかしくないでしょ?」



意地悪な言葉に更に動揺し、返す言葉が見つからず、叫びだしたい衝動を抱えたままの澪だった。

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