第63話

ぼんやりとした意識を駆使し、今自分の目の前にいる人物を特定しているようだ。

ピントを合わせて、顔を見る。

その様子を見ていた澪が、美咲に顔を近付ける。


「…澪?」


弱々しい声だった。

豆電球だけの明かりだったが、風邪のせいで潤んだ美咲の瞳がよく見えた。

少しときめいた胸を、そっと落ち着かせる。


「何でここにいるの?」


状況を把握出来ないのも無理もない。


「ありさが合鍵を貸してくれたから、学校サボって来ちゃった」


至極簡単な説明である。


「そっか…。

 心配しなくても大丈夫だったのに」


強がっているのか、気丈な事を言ってはいるが、到底大丈夫そうには見えない。


「無理しないでいいよ。

 今お粥作るね」


寝室を出ようとすると、左手を掴まれた。

伝わる体温が、熱の高さを物語っていた。


「どうしたの?」


優しく問い掛けるが、内心は鼓動が高鳴りすぎて、美咲に聞こえていないか本気で心配だった。


「卵がいっぱい入ったやつがいい…」


心臓が破裂するのではないかと思った。

いつものクールな美咲は何処へ?

この甘えん坊さんは誰なの?

混乱が押し寄せてきたが、なんとか跳ね返し、平常心を装って振舞う事にした。


「ん、解った。

 すぐに作るから待っててね」


美咲の手をそっと離すと、静かに部屋を出た。

ドアを閉めた瞬間、耐えきれずその場に座り込んでしまった。


『ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイッ!

 あの可愛すぎる生き物はなんだろっ!

 子供みたいですんごい可愛いっ!

 危なかった…あのままあそこにいたら、絶対抱きついちゃってた。

 反則でしょっ…!?』


掌で顔を覆いながら、冷静になろうとするが出来ない。

更に早まる鼓動。


『このまま心臓が破裂したらどうしよう。

 いっそ昇天でもしてしまおうか。

 いやいやいや、何を言ってるんだ、自分よ。

 キュンが胸して激ヤバ』


深呼吸を繰り返し、漸く落ち着きを取り戻した。

立ち上がるとテーブルの上のゴミを捨て、脱ぎ捨てられた服を拾うと、脱衣所の洗濯機に入れた。


気合を入れ直すと、キッチンに向かい、食材を取り出した。


「絶対に美味しいお粥を作るんだ」

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