第49話

買い物を済ませ、スーパーを後にする。

1人で夕食を済ませる筈だったが、珍客の訪問により変わってしまった。


料理は嫌いではないので、誰かに食べさせるのも嫌いではない。

たまにありさが訪ねてきて、こんな風に夕飯をねだる時は、なんやかんや言いながらも作る。


笑顔を浮かべながら「美味い」と言われれば、悪い気はしない。

その上おかわりまでされたら、作った甲斐があるものだ。


買い忘れがないかと思考を巡らせていると、見覚えのある人が駅に向かって歩いて行くのが見えた。

なんでここに?


気が付いたら走っていた。

荷物を持っているのもお構いなしに。


走る


走る


走る


名前を呼べばいいのに、そんな考えすら浮かばなかった。

人混みをかき分け、追い掛けていく。


あと少し。


見間違える筈はない。

きっとそうだ。


手を伸ばしたと同時に、相手の左腕を掴んだ。

息を整えてからにすればいいのに、気持ちが先走る。


途切れ途切れに名前を呼ぶ。

頭の片隅にあった名前を。


「澪っ!」


一瞬の出来事についてこれなかった澪は、暫し美咲の顔を見つめたままだった。

はっと我に返り、漸く言葉を発した。


「美咲?

 あれ?なんでここに?」


息を整えながらも、流れる汗もそのままに、笑顔を浮かべる美咲。


「私の……家はこの近くで……。

 買い物してこれから……帰るところだったんだけど、澪を見かけて……」


息も切れ切れである。

言葉にするのもやっとだった。


美咲を見つめていたままの澪は無口になった。

すると、みるみるうちに涙が込み上げてきたかと思うと、ポロポロと頬を伝っては落ちていった。

思わずギョッとしてしまった美咲は、驚きを隠せない訳で。


「み、澪っ!?」


周りの人の視線が、一気に2人に降りかかる。

きっと周りの人達は、男女が痴話喧嘩し、彼氏が彼女を泣かしたのだと思っているに違いない。

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