第28話

第12章


三人は庭に出た。蘭蘭は女の子の格好のままである。土竜もやはり女の子の格好で、ふたりとも本当に可愛らしい。珉珉は二人を見ながら、自分の短い髪の毛を触った。

「ま、いいか。」と珉珉はつぶやく。もともとお団子を作るのも苦手で、いつも姉さまに結ってもらっていた。二人が今着ているような、薄色だの花柄だのにも全く興味もなかった。


「家に帰ると、また女の子に戻らなきゃならないのかな。」と珉珉が言った。

「戻りたくないの?」と蘭蘭が聞く。珉珉はうなずいて言った。

「このままでいたい。」

蘭蘭がにやっと笑う。

「でも、毎日胸に晒しを巻くのも大変でしょ。」と、珉珉を後ろから抱きしめ、その胸を撫でた。

「きゃあ!姉さま、なにをする!」珉珉は真っ赤になる。その横で土竜も一緒に赤くなっていた。


珉珉は、蘭蘭から逃れ、自分の胸を抱いた。

「ふん。蘭姉さまは、いつまでもペッタンコだから、悔しいんでしょ。」と、あっかんべーをして舌を出した。土竜は益々赤くなる。

「わ、私、よそに行ってましょうか?」と土竜が言ったので、蘭蘭が止めた。

「ここにいて。二人に話さなくてはならないことがあるの。」

その蘭蘭の言葉の響きに、真剣なものを感じ取った珉珉と土竜は、じっと蘭蘭を見る。


蘭蘭が珍しく言い淀んでいた。下を向いて、唇を噛んでいる。

「姉さま、言いにくいことなら言わなくていいよ。」と珉珉が言った。蘭蘭が顔を上げ、

「そうね、それもいいかもしれないわ。でも、」とやはり、悩んでいる。


そのとき、

「ここにいるのですって!?」という、女性の声が聞こえた。


「お母様だ!」と、蘭蘭の顔から悩みの色が消え、美しく輝く笑みがこぼれた。土竜は思わず、その顔に見とれる。珉珉が振り返ると、こちらに向かってくる師母が見えた。

三人は、笑いながら走って迎えに行った。


師母は相変わらず美しかった。今日は娘たちに会えるというので、薄紅色の地に、牡丹の花が刺繍された艶やかな衣装を身にまとっている。

あまりに美しいので、三人とも口がきけず、師母に見とれた。

師母は、三人を見て立ち止まった。他に誰もついてきていない。師母ひとりである。

その静かな庭に、4人だけが、それぞれの位置で立ち、いつの間にか風もやんでいた。


師母は三人を見て、なんだか強い花の香りに酔ったような顔をしている。

三人は何も言わず、師母の、表情の変化した顔を見た。


「変ね。私は、夢の中にいるのかしら。」と師母が言う。そう言いながら、師母は、本当に夢の中にいるような顔になった。


(私達を見ていないわ。)と蘭蘭は思い、珉珉と土竜に黙っているよう合図した。蘭蘭に指示される前から、珉珉と土竜も、様子が変だとわかり、口もきけないでいる。

師母は、珉珉に向かって、今まで見たことのないような妖艶な笑顔を見せた。

「まあ、明兄さま。また髪を短くしたのね。」と、くすくす笑う。


(私をお父様だと思ってるんだ。)珉珉にもさすがにそれがわかったが、珉珉は無表情に突っ立ったままだった。

「どうしたの?お兄様。黙りこくって。」と珉珉に近づこうとして、土竜に気づいた。途端に師母の顔が険しくなる。

「秋秋(シュウシュウ)!なぜお前がこんなところに!」


(母さんの名だ。)と、土竜はドキンとする。胸がざわざわとざわつく、いやな感じがあった。

師母は、土竜に向かって、小さく叫んだ。

「乳母の振りをして、近づいてきたって私にはわかるのよ。まさか、お前が師父と情を交わしていたなんて。」

そして、珉珉に顔を向けた。

「ああ、あなた、嘘だと言って。あなたは秋秋とは何もなかったんでしょう。どうして秋秋が、私の子に乳を含ませるの?」

珉珉は、恐ろしくて微動だにできない。

「ええ、ええ。わかっていましたよ。私にも宮中に知り合いが多いのですから。そりゃもう、色々言ってくる人がいるんです。あああ、苦しい。」師母が夢の中でもがく。


(お母様、なんておいたわしい!)と蘭蘭は強く思ったが、声が出ない。

師母は、今度は蘭蘭に気づく。すると苦しみが去ったように、微笑んだ。

「まあ、私だわ。若い私。じゃあ、これはやはり夢なんだわ。」そしてくすくす笑う。

「秋秋、あなた、私に言ってくれたのよね。師父への御恩は忘れません、と。そして、土竜の父を愛しています、と。」

土竜はそこで、必死でうなずいた。蘭蘭も横で土竜を抱きしめながら、ふたりの仲たがいが終えた振りをした。


珉珉も何かしようかと思ったが、自分がヘタに動くと藪蛇だと思い、何もせず、そのまま立っていた。ちょっと微笑んで見せようかな、と思ったけど、蘭蘭に抱かれてほのかに赤くなっている土竜を見て、微笑など浮かべることもできなかった。


師母が三人を見て、ちょっと意地悪そうな顔になった。蘭蘭が土竜から離れた。

「ね、秋秋、なぜ私が、蘭蘭の世話をあなたに頼まなかったかわかる?」と、土竜を見た。土竜は思わず首をふる。

師母は、若い娘が打ち明け話をするような顔になって、土竜の耳元で何かささやいた。


土竜は、真っ青になる。真っ青になって、蘭蘭を見た。蘭蘭も土竜を見た。そして、悲しそうな笑いを浮かべた。その刹那、蘭蘭は振り向き、庭の土塀から、外に飛び出した。土竜も後を追う。もちろん、珉珉も後に続いた。


夢の中にいる師母を残して。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る