第27話
「そして、偶然乳母になって、師父に再会したのですね。」と、蘭蘭が言った。蘭蘭は崑爺の話の途中で、自分の席に戻っていた。
「だから、お父様は覚えていなかった。二人は愛し合っていたわけではなかった。」蘭蘭の目に涙が浮かんだ。
「母さんは、師父がわかったのでしょうか?」と土竜が聞くとと、蘭蘭は、
「師父を愛している、というより、命の恩人として覚えていたでしょうね。」と蘭蘭が言った。
「うん、そうだ。父さんと母さんは、本当に仲睦まじかった。父さんは姉さんたちを心底可愛がっていた。本当の親子じゃない、なんて、私は疑ったこともなかったです。」と、土竜は下を向いた。
「でも、」と蘭蘭は言う。目は涙でまだ濡れている。
「お母様は、苦しんでいたのよ。鈴妹の母様とお父様の間に何かあるのではないかって。」
「私には何も言わなかったよ。」と珉珉が言うと、蘭蘭は悲しげに笑った。
「私にもよ。でも、私にはお母様の苦しみが手に取るようにわかった。少し、お父様を憎んだこともあったわ。」
「ごめんなさい。」と土竜が謝ると、蘭蘭は首をふった。
「お母様も私も誤解してたんだわ。こちらこそごめんなさい。」と、涙を拭いた。
蘭蘭は、少し安心したのか、もう一つ疑問だったことを崑爺に聞いた。
「叔父上、教主が亡くなる間際、三つつ子のことを言ってたのですが、どういう意味なんでしょう。」
崑爺は、しばらく考えて、言った。
「いや、そのことはわしも、気になっていたので、あの兄弟に聞いてみたのだ。あれらが言うには、教主の預言は、双子の月の女神をいけにえにするだけでなく、三つつ子の月の使者が現れれば、いけにえなど必要なくなる、というものだった。それはどうも不老不死ではなく、明王朝の行く末に関することのようだったので、反皇帝派は、教主につきながら、いざというときは、教主を殺そうとしていたそうだ。」
「よくわからないなあ。」と、珉珉は素直に口に出した。土竜もその横で首をひねっている。
蘭蘭は、何かに思い至ったようだが、何も言わず、物思いに浸っていた。
崑爺は、その様子を見ていが、おもむろに三人に聞いた。
「お前たち、これからどうする?師父と師母が明日にでも迎えに来るだろう。天健と龍は一緒に帰るな?鈴鈴はどうする?姉たちとここにいるか?」
珉珉は、はっとなった。
「鈴妹、一緒に帰ろう。」たぶん断られるとわかっていたが、思わず言った。
やはり、土竜は首をふる。
「一緒には帰らない。」
珉珉は、胸が苦しくなった。
「じゃ、私も残る!」と大声で言ってしまった。
「だめよ!」と土竜が言う。
「龍兄さまは帰らなきゃ。師父が、師父も師母も悲しみます。」
「いやだ。帰っても天健と、」と言って、珉珉は口をつぐむ。
土竜は思い出した。珉珉は天健に嫁がされる、と言ってた。土竜は珉珉の短いぼさぼさの頭を見た。土がついて汚れている。なんだか急に珉珉がいとおしくなった。
珉珉もここで一緒にいられればいいのに、と土竜は思ったが、それは無理であることもわかっていた。珉珉も蘭蘭も師父と師母が来て、連れ帰られるだろう。
蘭蘭には、物心がついたころから、強いあこがれを持っていたが、自分の立場を承知しているので、ハナからあきらめていた。蘭蘭も土竜など見向きもしなかった。
しかし、珉珉は小さい頃からずっと友達で、自分にもよくしてくれた。土竜が金持ちの兄弟子たちからいじめられた時、珉珉は飛んで来て兄弟子たちに向かって行った。お弁当もいつもさりげなく分けてくれた。
今になって初めて、珉珉の優しさを理解し、土竜は涙が出て来た。
あの短い頭をぎゅうっと抱きしめたい、と突然土竜は思った。その前に、髪についた土くれを取らなきゃ、と、土竜は泣きながらもくすっと笑う。
「泣いたり笑ったり、忙しいのう。」と、崑爺が、土竜を見て言う。
なんだか、心の中を見透かされてそうで、土竜は赤くなった。蘭蘭も土竜と珉珉を見ていた。
「叔父上、三人でお庭に出ていいかしら?」と蘭蘭が言うと、崑爺が、にっこりとうなずいた。
「わしはここで、ゆっくり酒を楽しんでるから、行ってきなさい。」
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