第25話

その夕、蘭蘭は屋敷の主人に、崑爺と、4人でゆっくり食事をさせてくれ、と頼んだ。

人の好い主人は、4人だけで、別室に一席を設けた。

崑爺は、蘭蘭の計らいを素直に喜んでいる。

「もう、この4人で一緒に食事をすることもないだろう。」と、しみじみと言った。


「さあ。叔父上、みんな、食べよう。」と言って、蘭蘭は箸を取った。

崑爺が、麺の入った汁を飲むのを、蘭蘭と珉珉がじっと見る。崑爺が顔を上げた。

「天健。お前、この汁に酒を入れたな。」と、崑爺が言ったので、土竜がびっくりする。蘭蘭はにっこり笑った。

「そうです。たっぷり入れました。叔父上、お好きなんでしょう。」

珉珉は、どきどきしていた。崑爺がどうなるのか、いや、それより蘭蘭が怒られたり、もっと怖いことになったら、と胸の中に恐ろしいほどの心配が広がっている。

しかし、崑爺は、蘭蘭を少し睨んだ後、呵々大笑した。

「なぜわかった?」と、蘭蘭に聞く。蘭蘭は、一瞬ほっとした表情をして、またにっこり笑った。


「叔父上が、酒を捨てさせたでしょう。あれは、叔父上が酒がお嫌いではなく、戦いの前に、緻密な判断が鈍ってはいけない、という計算が働いたのでは、と思ったんです。お嫌いなら、飲まないだけで、捨てることはないでしょうから。」

崑爺は、膝を叩いた。

「その通りじゃ。やはり、お前は賢い子だ。」と、ニコニコ笑っている。そして、突如真面目な顔になる。

「ふむ。それでは、お前は、わしに何を聞きたいのだ?」

蘭蘭も居住まいを正した。


「恐れ入ります。叔父上に付け入るつもりはございませんが、こうでもしなければ、叔父上は何も教えてくださらないでしょう。」

崑爺は、小さくうなずく。蘭蘭は、

「もちろん、叔父上には、どれだけ飲ませても、全てを教えてもらえるとは思っていません。」と、ニヤッと笑った。

「でも、ある程度は教えていただけるはず。」そして土竜を見て、

「鈴妹、お酌をしなさい。」と席の後ろから、酒を取り出し、またニヤッと笑う。

「叔父上は、綺麗な女性もお好きですからね。」


崑爺は、またも笑い、土竜に、湯呑を差し出した。

「さ、鈴鈴、たっぷり入れてくれ。可愛いお前にお酌してもらうと、酒が益々美味くなる。」

土竜は、恐る恐るついだ。


「しかし、」と崑爺は、蘭蘭をしみじみと見て、

「いや、本当にもったいない。」と首を振った。そして、酒を一口飲み、

「お前が女なら、稀代の美女になるだろうよ。非常に頭の良い性悪の美女だ。」と、笑う。

珉珉は心の中で、(全くその通りだわ)と思い、もう少しで笑ってしまうところだった。


蘭蘭は、艶然と微笑んだ。

「では、今宵私は、女となりましょう。」と言いながら、自分の髪をくるくると素早くお団子にし、懐から桃のかんざしを取り出し頭につけた。上着を脱ぐと、薄物の女物をまとっている。

「おおこれは!」と、崑爺もさすがに驚き、喜びが顔にあふれる。

「なんと、なんと美しい。本当に男でもったいない。」と言いながら、蘭蘭を見る。


(お姉さま、なんだかますますお綺麗になってる。)珉珉は、こざっぱりとした服に着替えてはいるが、頭に庭の土をつけたままの自分を恥ずかしく思った。土竜を見ると、酒を持ったまま、口を開けて蘭蘭に見とれている。

珉珉はちょっと悔しくなって、頭からごく小さい土のかけらを取って、小指の先で土竜に飛ばした。


ちくっとした痛みに、土竜は正気になり、酒を食卓において、ゆっくり座ったが、

「では、叔父上。師父のこと、教えてください。」と、蘭蘭が師父の名を出したので、驚いて飛び上がりそうになった。

珉珉もはっとして、蘭蘭と崑爺をかわるがわる見た。


崑爺は、酒の入った湯呑を卓上に置き、三人を一人ずつ見ていった。そして、蘭蘭に、

「鈴鈴が聞いてもいいのか?」と聞く。土竜はびくっとした。もし、師父の重大な秘密なら、外に出よう、と席を立つ。蘭蘭が、

「鈴妹、お前もいなさい。」と、土竜を座らせ、土竜に言う。

「お前の姉さまたちにも、関係しているからよ。そうでしょう、叔父上。」と崑爺を見た。崑爺は、悲しい顔になる。

「賢すぎるのも、辛いものだな、天健。」


珉珉は、庭で、蘭蘭が同じことを言ったのを思い出し、蘭蘭を見る。蘭蘭は切なげに笑い、

「教主と師父は、双子だったんでしょう。」と言った。

珉珉と土竜はびっくりする。そして、なるほどそうだったのか、と蘭蘭にあらためて感心した。蘭蘭は二人に向かって、

「それぐらいで驚いてちゃ、今から耐えられないわよ。」と言う。ふたりは、全く訳が分からない。


蘭蘭は下を向いて少し考えていたが、口を開いた。

「とりあえず、先に聞いておきたいのです。」と、蘭蘭は顔を上げ、崑爺を見た。

崑爺は、なにをかな?というように、蘭蘭を促した。蘭蘭は、崑爺に問うた。


「鈴妹の姉さまたちは、師父の本当の子供ですが、この鈴鈴もですか?」

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