第22話
第9章
明けて翌日、決行の日になった。
土竜の姉たちが逃げて、無事隠れ家に入ったら、連絡が来ることになっていた。
夜に逃げるということだったので、まだたっぷりと時間はあるが、それまでこの緊張感が持つか、と土竜は不安だ。
ふと気づくと、珉珉は、いつもと変わらず、朝食をもぐもぐと、ゆっくり大量に食べている。蘭蘭もまた、いつも通り、少量を品よく食べていた。崑爺はどこかに行っていない。
蘭蘭の美しい所作と、珉珉の物事に動じない仕草を見ていると、土竜は少し落ち着いてきた。
双子の姉妹とは思えないな、と土竜はちょっと面白く思った。顔立ちはふたりとも美しいが、似ているとは決して言えなかった。蘭蘭は母親似できりっとしており、珉珉は師父に似て温かみのある顔だ。
双子とも思えないが、それに、「姉妹」にも見えない。土竜はくすっと笑ってしまった。
蘭蘭は、この旅でどんどん研ぎ澄まされていき、どこから見ても、女性が憧れ、胸を焦がすような美剣士である。珉珉の坊主に近い短髪に至っては。と、土竜は珉珉をしげしげと見た。土の技のせいか、すらりとした蘭蘭とは対照的に、どんどんずんぐりしてきて、いたずらで優しいガキ大将のようだ。
珉珉は、小さい頃から何でも土竜に言ってくる。それは変わっていない。この間も、最近ちょっと胸が大きくなってきて、それを晒しの布で押さえてるんだ、と打ち明けてきた。それを聞いても、以前とは違って、土竜は恥ずかしくなかった。胸が大きくなったなんて、羨ましいわ、と思わず言ってしまったのだ。
その時のことを思い出して、土竜はまた笑ってしまった。珉珉は、土竜の背中を叩きながら、蘭姉さまもペッタンコだから、心配いらないって、と慰めたのである。
不思議なものだな、と土竜は思った。以前、兄弟子に、「外見に騙されてはいけない。」と諭されたことがあるが、今の私達は、自分の外見が自分自身をだましているようだ。
「鈴妹、どうした?食べないのか?」と、珉珉がこちらを見た。
「なんだか嬉しそうだな?」と土竜に言いながら、饅頭をよこす。土竜はまんじゅうを受け取って、
「緊張してたんだけど、兄さんたちの食べる姿を見ていたら、楽しくなってきたの。」と言って、受け取った饅頭をパクッと食べて、にっこりした。
「いいことだ。」と蘭蘭も美しい顔で微笑む。
「お茶を入れましょう。」と土竜は立ち上がった。蘭蘭に教えてもらって、美味しいお茶を入れることが出来るようになっていた。珉珉と蘭蘭はうなずく。
三人がゆっくり茶を飲んでいると、崑爺が帰って来た。
「どうやら、騒ぎがあって、この隙に、姉たちと兄弟は逃げたようだ。」
三人が立ち上がろうとすると、崑爺は、手で制し、
「いや、まだすぐには動かんでよい。わしにも茶をくれ。」と土竜に言った。
蘭蘭が座りなおし、
「叔父上が混乱を起こしたんでしょう。」と言うと、崑爺は笑った。
「ははは。その通りだ。実はな、」といたずらっ子のように声を潜めて、
「あの4人以外の朝食に、催淫剤を入れるよう、宿屋に言っておいたんじゃ。」
「うひゃー」と珉珉が言い、土竜は赤くなった。
崑爺は、ニヤニヤ笑いながら続けた。
「手練れたちは、まず姉たちに向かったが、姉たちはおびえるばかりで面白くない。すると、なんと教主が色っぽい目つきで、彼らを誘っているではないか。皆は奮い立って、教主に群がった。教主を取り合って戦う者たちも現れた。
その騒ぎに乗じて、4人はまんまと宿から抜け出たのじゃ。今は手引きに従って、隠れ家の屋敷に向かっておる。彼らが無事着いたという知らせが来たら、行くぞ。」
最後は真面目な声になった。三人が
「はい!」と返事をした。
崑爺は、三人をもう一度見た。
「今から行うのは、武芸の試合ではない。死闘だ。死ぬか生きるかだ。姑息な手を使おうが、生き残った者の勝ちじゃ。相手の混乱を利用して、皆殺しにせよ。」
三人は、真剣な面持ちで、黙ってうなずいた。
「教えた技をきちんと行えば、お前たちだけで、勝てる。
わしは、弟子と対決するつもりだ。お前たちだけで手練れと戦え。そして、」と土竜を見た。
「お前は、水の技で教主をねらえ。お前の今の力では、息の根を止めることはできぬ。」
土竜は、一瞬悔しそうな顔をした。
「いや、それでいいのだ。無理をして殺さずともよい、お前が無事に生き残ればよい。それが本当の復讐なのだ。」
土竜が強くうなずいた。
三人は座りなおし、瞑想を始めた。崑爺はよしよしというふうに目を細めた。
それからすぐ、知らせが来た。
「行くぞ。」と崑爺が言い、もう軽功で先に進んでいた。三人もすぐ後を追う。
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