第21話
「さ、もうよい。顔を上げろ。」と崑爺が皆を周りに座らせ、真面目な顔になった。
「それで、これからのことだ。」
三人も、真剣な顔になる。
「あの兄弟が、姉たちを連れて逃げることが出来たら、格段に動きやすくなる。」
三人はうなずく。
「それで、わしは、あの連中とつながりのある者に、明日の夜に、4人を逃がせ、と伝えた。」
土竜は息を飲む。
「逃がして、そしてかくまえ、とな。」
土竜の目に見る見る涙がたまる。土竜の頭を崑爺は、よしよしと撫でた。
「その者は、大きな屋敷を持っておるのでな。そこに、かくまってもらえるだろう。
その後、姉たちが逃げた、とわかって大騒ぎとなるはずだ。それに乗じて、わしらも中に入り、大暴れする、と。」
「いよいよ、始まるのですね。」と蘭蘭が言った。崑爺は、
「今までとは全く違うぞ。本当の手練れの恐ろしさをお前たちは知らない。」と言って、三人の顔を順番に見て行く。
蘭蘭は、きりりとした顔で、崑爺を見ていた。土竜の目はまだ涙で潤んでいる。珉珉を見ると、相変わらず、何を考えているかわからない茫洋とした顔だったが、その珉珉が口を開いた。
「鈴妹の姉さんが無事なら、それでいいのでは?鈴妹は危険なところに行かなくていいよ。女の子だし。」と言う。蘭蘭の目が、ちょっと大きくなる。
崑爺は面白いものを見るように珉珉を見た。
「ふむ。それも一理あるのう。」
すると、土竜が大きな声を出した。
「待って。姉さまたちを助けるのも目的だけど、私は、父と母の仇を取りたい!」
「あっ、そうだったね。鈴妹。」と珉珉は、自分の短髪の頭を叩いた。
「うん、大暴れしよう!」と、珉珉は、土竜の手を取って、にっこり笑った。
「決まったかな。」と崑爺は言い、三人をもう一度見た。
蘭蘭が、
「叔父上、教えていただいた烈風の技は、すっかり会得いたしました。いつでも戦えます。」と言うと、珉珉も負けずに、
「私も、土の技はもとより、水の技も体得しています。教主とも戦えます。」と言い、もちろん土竜も、
「私もです。水の技なら、龍兄さんより強いわ。教主は私がやっつける!」と言った。珉珉がニヤニヤしている。
「明日だ。」と、崑爺も笑い、
「明日ですね。」と、三人が声をそろえた。
食べ終えてから修行をしようと、4人はまた昼食に戻り、崑爺の話を聞く。
教主たちは、一つ先の宿場町で泊まることになっている。そこには大きな宿があり、18名がそろって泊まることが出来た。崑爺は手を回していて、教主一行の他に客を取らないよう、宿に申し付けていた。宿のあるじは、崑爺の頼みとあれば、自分の宿に火をかけてもいい、と言ったそうだ。大暴れさせてもらう、と崑爺の言葉を伝えると、やっと恩が返せる、とあるじは笑ったという。
いったい崑爺とは何者なんだろう、と蘭蘭は思ったが、いや、それよりもそんな人に技を教えてもらった自分の幸運を喜ぶことにした。そう考えながら、蘭蘭がシュッと袖で宙を払うと、辺りの草が舞い上がり、蘭蘭の周りで小さな輪になる。蘭蘭が指を振るとその輪が、自在に動いた。指を軽く曲げたら、輪が矢のようになり、近くの木に突き刺さった。
少し離れた荒地では、珉珉が地を這うようにその場を回っていた。土煙が舞い、濃霧のようになっている。珉珉が立ち上がり、今度は周りの土を踏み固めた。土は石のように固くなり、珉珉は、宿屋の土間は、ここまで固くないが、どんなに固くても私にかかれば、と得意げに足でトンと地面をけった。途端に地面がひび割れ、大きな穴が出来る。珉珉は不敵に笑った。
ふたりを見ながら、土竜は唇をかんだ。
自分は、全ての技が使えると言うが、あの二人の様な得意技がない。風も土も、型を学んではいるが、あの二人ほど強くない。それに、炎の技は、まだ教えてもらっていない。
ならば、と土竜は思った。私は、水の技を完璧にしよう。教主の炎の技がどんなものかはわからないが、私の技で、教主を仕留める。
そして、頭を無にして、手先から冷気を入れ、頭に溜めた。冷気は頭を冷やし、すると物事がはっきりとわかってくる。土竜は、水の技を習得してから、この瞬間が好きだった。感情がなくなり、怜悧な理性だけが、自分を動かす動力となる。
蘭蘭へのほのかな思いも、珉珉への友情も、いや、崑爺への恐れさえなくなる。復讐の炎も消えてしまうほど、頭が澄み切るが、復讐こそが私の原動、と冷たく理解して、土竜は、頭の冷気を、手先に集め、地に放った。途端に周りの地面が凍る。
崑爺は、三人を見て、目を細めていた。
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