第18話
土竜がはっと見ると、崑爺は、黙って握りこぶしを作っている。土竜は目を伏せた。
女は、空気が変わったのを敏感に感じて、ちょっと口ごもった。
「そいつは、例の奴らの仲間じゃないのです。」
「では、どこから現れた。」と崑爺は、静かに聞く。
「教主様が、水辺で修行しているとき、流されてきたんです。」女が言った。女は下を向いて唇をかむ。
「そいつは、そいつが、」震えたまま、声が出ない。すると、さっきぼそっと言った男が、
「そいつが、双子たちを切り刻みたがったんだ。」と小さな声で言った。
「どうして双子なんだ。なぜ?」と土竜がたまらず聞くと、若い女が土竜をじっと見た。そして、
「教主様が、双子だからですよ。」と言った。土竜が、
「じゃ、教主は二人いるのか。」と聞くと、女は首をふる。
「教主様の双子の片割れは、どこにいるのか知りません。でも、教主様は双子の神通力をお持ちで、それを知ったあの、あの、指のない男があれこれ言い出したんですよ。」若い女は震えながら涙を流した。
「あの男は、ここを出る時、私達と、捕まえた双子を全員殺そうと言ったんです。足手まといになるからと。でも、私達は必死で頼んだ。教主様は、私達を憐れんで、その男に、帰ってきたら、捕まえてる双子を好きにさせてやるから、って言ってくださって。なので、私達は双子たちを見張って、留守を預かることになったんです。」
周りの者たちも泣きだした。
「双子たちがいなくなったのを知ったら、あいつは俺たちを殺す。」
「しかも、しかも、残酷なやり方でな。」すすり泣きが大きくなる。
「あの男は、切り刻むのを楽しんでるんだ。」
「俺たちは、何もしていない。だからどうか見逃してくれ。」皆が泣きながらお辞儀をし、崑爺にすがってくる。
崑爺は、立ち上がった。
「うむ。わかった。鈴鈴、放してやりなさい。」
若い女が、縛られながら崑爺を見上げた。
「でも、私達はこれからどうすればいいでしょう。みな、双竜教に入るため、家を出て来た者ばかりです。当座の食料があるだけで、ここを出てもどうしていいかわからないわ。それにあの男が帰ってきたら。」
崑爺は皆に言った。
「その指のない男は。わしの弟子だった男だ。」
皆に驚愕が走る。若い女も縛られながら後ずさった。崑爺は悲しそうに笑い、
「いや、わしが残虐なことを教えたのではない。元々そういう質(たち)だったのだ。死んだと思っとったんだが。」と、ちょっと言葉を切った。
「わしが、責任を持ってそやつを退治する。お前たちの教主にも話をつけてやる。だからしばらくはここにいなさい。食料がなくなる前に、庭を耕して、何か植えるんだ。鶏など家畜も飼え。皆で力を合わせなさい。」
皆は泣きながらうなずいた。土竜が縛っている縄を解く。皆は改めて、崑爺にひれ伏した。
崑爺は、教主がどこを目指しているのか、改めて聞くと、若い女が説明した。
「次の次の満月は、何十年に一度と言われる大満月で、普通の満月よりもずっと大きくなるそうです。その日に、月の女神と言われる双子を黄山(こうざん)でいけにえに捧げると、不老不死が得られる、と、それは、預言者である教主様が何年も前から、信託を受けているのだとか。この前連れてこられた双子の姉妹を見て、教主様は、すぐわかったそうです。反皇帝派たちもそれを知って、黄山なら宮中に近い、と浮足立ち、すぐさま出立したのでございます。」
長い話になった。みな、茶を飲むのも忘れて崑爺の話に聞き入った。
珉珉はときおり、土竜を見た。土竜は崑爺の話を聞きながら、じっと口をつぐんでいた。
「土竜の姉さまたちも一緒だから、そんなに早く進めないはず。私達の足なら、十分追いつける。」と蘭蘭が言う。
「叔父上、すぐにでも出発しましょう。」と珉珉も言った。土竜が立ち上がる。
「待ちなさい。」と崑爺が土竜を座らせ、三人を見た。
「お前たち。今の話で、気になったところがないか?」と崑爺が聞くと、珉珉が
「お弟子さんのことですか?」と聞いた。崑爺は首をふる。
「あやつが生きていたのには驚いた。わしの目の前でがけから飛び降りたからな。わしは上から、あやつが急流に飲まれるのを見ていたのだ。」珉珉は下を向いて黙った。
蘭蘭が、はっと気づいたように顔を上げる。
「教主が双子だ、と言ってた!」珉珉も顔を上げて、蘭蘭を見た。二人の目が合う。
崑爺が、ふと優しい顔になった。しかしそれは一瞬で、今度は厳しい顔になる。
「お前たち、今から教主に会うことで、もしかして、辛い思いをするかもしれぬぞ。」
そのとき、蘭蘭は珉珉の目の中を探っていたが、驚愕と恐れ以外何も見つからない。蘭蘭はそっとため息をついた。
「叔父上、我らとて覚悟の身、何があっても受け止める所存です。」
と言った蘭蘭を崑爺は、悲しい目で見た。
「そうか、お前は、」と言ったきり、言葉を継がない。
「よし。」と崑爺が立ち上がった。
「弟子の腕前は大したことはないが、暗器を多量に作って、手練れの者たちに使わせるはずだ。あやつの暗器を使って、親指が欠けてない、というのは、みなよほどの腕前と見ていい。今からもう一つ、烈風の技を天健に授けよう。お前がそれで、三人を守るのだ。」
蘭蘭がうなずいた。決意の表情の中に、新たな技を教えてもらえる、という喜びが混じる。
崑爺は、珉珉と土竜を見た。
「天健に教える技は、暗器をよけるだけでなく、それを放った者にそのままの勢いで放った暗器を返す、というものだ。お前たちは、天健がそれを使ったとき、暗器を避けようとする手練れたちの、その隙をついて土と水の技を繰り出し、息の根を止めろ。いいか、情けはかけるな。お前たちは今まで人を殺したことがないだろう。」と、崑爺が聞くと、三人はうなずいた。
「しかし、殺せ。殺さねば、我々が殺される。自分を守るのではなく、この仲間を守るためと思って殺すのだ。わかったか!」崑爺の強い口調に、三人は、覚悟を持って、
「はい!」と答えた。その返事に、崑爺は満足げにうなずいた。
「では、天健、こちらに来なさい。龍と鈴鈴は、技に磨きをかけておけ。」
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