第16話

第6章


3本の木から、屋敷までは距離があるように思えたが、ゆっくり休めたし、気力も充実していたので、軽功を駆使することもなく、あっという間についた。


森のように見えていたのは、屋敷林で、その木々を通して屋敷から漏れる灯がチラチラと見えた。しかし、屋敷は思っているよりも静かで、耳を澄ませても、何人かの話声が聞こえてくるだけである。

「おかしいな。」と崑爺が言いながら、軽く土塀を飛び越えた。三人が後に続く。

屋敷の中に入っても、緊張した空気が感じられない。

「手練れのものがいない。」と、崑爺がつぶやいた。三人を見る。

「手分けするはずだったが、このまま皆で進むぞ。」


屋敷の奥に、土蔵があり、そこには見張りの男が立っていた。その男は身体は大きいが、武術は使えないのが見て取れる。

崑爺が懐から吹き矢を出し、男の首を狙った。男はあっという間もなく崩れ落ちる。蘭蘭が走り寄って男が音を出して倒れるのを防いだ。崑爺は男をまっすぐ立たせ、土蔵の壁にもたせかけた。遠目で見れば、壁に寄り掛かっているように見える。男は昏倒していたが、息は普通である。

「針は抜くな。」と崑爺が言いながら、土蔵の鍵を調べている。大きなかんぬきで、これなら簡単に開けそうだった。


「鈴鈴、やってみなさい。」と土竜に言うと、土竜は手刀を作り、かんぬきを壊そうと身構えた。

土竜は手で、こんな頑丈なかんぬきを壊せるのかしら、と珉珉が危ぶんでいると、

「待て。」と、蘭蘭が小声で言って、懐からかんざしを取り出した。天健にもらった、桃のかんざしだ。

「痛い思いをすることはない。私に任せて。」と蘭蘭が言い、かんざしをかんぬきの穴に入れた。器用に回すと、小さな音がして、かんぬきが外れた。崑爺は、満足そうにうなずく。


そうっとかんぬきを外して、土蔵の扉を開ける。中から押し殺した泣き声が複数聞こえた。

「姉さん!」と、土竜がたまらず飛び込む。

珉珉もすぐ後に続くと、土蔵の中は屋敷牢になっており、10人ほどが中で座って泣いていた。男もいれば女もいる。服装は様々で、金持ちふうも貧しい身なりの者もいた。皆一様に若い、少年少女たちだ。

扉から入る土竜たちを見て、ちょっとびっくりしている。


牢の中に姉の姿を探す土竜の横で、珉珉が、

「しー!静かに!」と口に指をあてた。牢にいる者たちは泣くのをやめて、こちらを見た。期待する目もあれば、おびえる目もある。

土竜が入ってきた蘭蘭を見て、首をふった。

蘭蘭が、牢の鍵をかんざしで開けながら、土竜を指さし、

「こんな顔をしたふたりを知らないか?」と皆に、小声で聞いた。


「月の姉さまたちだ。」と皆が、小声でつぶやく。

「月の姉さま?」と、土竜が訳が分からず繰り返す。

鍵が開いたので、崑爺が中に入った。そして、

「今日は、どうしてこんなに静かなのだ。屋敷の者たちはどこへ行った?」と誰ともなしに聞いた。


貧しい身なりをした賢そうな少年が、口を開いた。

「みんな、宮中に向かいました。月の姉さまたちを連れて。」

その横にいる、その少年と瓜二つの少年が、

「次の満月で、ぼくたちは選ばれることになっていたんだけど、月の姉さまたちが連れてこられて、そしたら、教主が大満月が近いと。」

それを聞いて、崑爺は、

「まさか!」とつぶやき、それきり、黙った。


蘭蘭が、みんなに向かって、

「誰の家が一番近い?」と聞くと、豪華な服装をした少女が、

「私の家なら、ここから歩いて半日ほどよ。」と言い、同じ顔をした少女が、

「みんなで来たらいいわ。」と言った。蘭蘭が崑爺を見ると、まだ何か考えにふけっているようだが、それでもうなずいたので、蘭蘭は皆に、

「では、出よう。音を立てないように。」と言って、土蔵を出た。


珉珉が先に出ていて、周りを確認していた。まだ誰にも気づかれていない。見張りも立って昏倒したままだ。崑爺が男の首から針を抜くと、男はへなへなと崩れ落ち、そのまま横になっていびきをかきだした。


土塀は高かったが、4人で一人ずつ抱えて飛び越え、何度か繰り返して全員が外に出ることが出来た。

「走るぞ。」と、蘭蘭が言い、かどわかされた双子たちは、皆必死で走った。

3本の木の下まで走り、休憩した。まだ夜は深いままである。

「捕まりたくなければ、このまま行くぞ。いいか?」と蘭蘭が言うと、双子たちは疲れている顔を輝かし、必死でうなずいた。


崑爺が、蘭蘭と珉珉に、

「お前たちは、この者たちを送って行け。私と鈴鈴は、屋敷を探ってみることにする。」

三人がうなずく。

「半日あれば、連れて行って戻れるはずだ。ここで落ち合おう。いくぞ。」と、土竜にうなずき、ふたりは、屋敷の方に走って行った。

「もう、姿が見えない。」と双子たちの誰かが言い、

「行きましょう。」と家が近い双子の片割れの少女が言った。

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