第14話

途中で、珉珉が遅くなってきた。土竜が、

「荷物を持つよ。」と言うと、

「女の子に荷物を持たせられない。」と、珉珉が息を切らせながら言う。土竜は小さい声で、

「何言ってるんだ。渡せ。」と言っても、珉珉は歯を食いしばって進んでいく。

蘭蘭が来て、珉珉の持っている荷物を取った。

「私ならいいだろう。」珉珉は、疲れて声も出ないが、蘭蘭に感謝のまなざしを向ける。

その様子を横目で見て、崑爺は、ひそかに微笑んでいた。


何度か食事のために休み、崑爺の知り合いの宿場で泊まり、しかし三人にはもう何日経ったかわからない。疲れ果てていたからだ。

崑爺は、全く疲れも見せず、平気な顔で、よく食べ、よく眠り、疲労困憊の三人に、「さ、行くぞ。ついてきなさい。」と声を掛け、さっさと出発する。

それでも、夜進むとき、空の月がだんだん太ってきているのがわかる。


そろそろ不安になりかけてきたある日、崑爺が昼食を取りながら言った。

「この後は、もう、ゆっくり進む。」

「では、もう近いんですか?」と蘭蘭が聞いた。崑爺は、小さくうなずく。

「そうだ。今夜忍び込むぞ。」

「え?今夜?」と珉珉は思わず言ってしまったが、すぐ口を閉じ、決意に満ちた顔になった。

「そう必死な顔をしなくても良い。では、最後の型を教えるから、今まで教えたとおりにやってみなさい。」


食事のたびに、崑爺は、水の技を三人に教えていた。非常に丁寧に教えてくれるが、なにしろ、疲れているし、練習もできないから、三人(特に珉珉)は不安であった。

しかし、最後の型を教わり、今まで習ったことを思い出しながら動くと、もとから持っていたかのように、技が身についている。三人(特に珉珉)は驚き、涙が出るほど嬉しかった。


水の技は、風・土とは違って、自分に冷気をまとわせる。外功だけでなく、冷気を生み出すという、内功の修行が必要不可欠だ。一度で覚えるのは複雑で、むつかし過ぎた。

しかし、崑爺は型だけでなく、理屈も教えたので、三人は頭の中でまず理解し、そこから体得していけた。おかげで、水の技を得意としない、蘭蘭と珉珉にも身につけることが出来たのである。



昼食後、皆は出発し、ゆっくり歩いた。軽功を使わずに移動するのは久しぶりなので、周りの景色も改めて目に入る。荒野だったのがそこはもう草原で、風はまだ冷たいが、肌に心地よかった。


しばらく進むと、崑爺が遠くを指さした。

「向こうに大きな木が3本立っているだろう。」

崑爺の遥か指の先に、ここから見ると、頼りないほど小さな木が3本見える。

「あの真ん中の木の下に穴を掘り、荷物を隠すのだ。そして、」と、崑爺は指先を動かした。

「あそこに屋敷がある。そこに今夜忍び込むぞ。」

崑爺の指がさす方向を見ても、三人には何も見えない。草原が広がってばかりである。

何か言おうかな、と珉珉は思ったが、黙っていることにした。


3本の木がだんだん大きく見えるようになってきた頃、ふと見ると、さっきの方角に小さな森が見えてきた。

「あれがそうか。」と珉珉は小さくつぶやいた。気づくと、日も傾きかけている。少し速足になりかけたら、崑爺が止めた。

「このままの速度で歩け。身体を疲れさせないようにな。」

珉珉は黙ってうなずき、蘭蘭に持ってもらっていた荷物を

「天兄さん、ありがとう。もう少しだけど、私が運びます。」と受け取ろうとすると、蘭蘭は、

「このまま、私が持つよ。その代わり、龍弟は、穴を掘るんだよ。」と笑った。

「得意技は土だしね。」と、珍しく土竜が軽口を言い、珉珉は驚いたが嬉しかった。


近づいてみると、3本の木は、想像以上に大きかった。3本が綺麗に横に並んでいる。

「立派な木だなあ。」と蘭蘭は、幹に触れ、そうっと抱きしめた。向こうに腕が回らないほど、幹はたくましく太い。その様子を土竜がうっとりと見惚れている間、珉珉は、落ちていた木の枝で、真ん中の木の根元に穴を掘った。

確かに土は、珉珉の手にかかると、言うことを聞くかのように、簡単に掘れる。

穴の中の表面を叩いて固くし、珉珉は荷物を全部入れた。

土竜が草を取って来て、上にかぶせる。日も陰って、薄闇が近づいていた。


珉珉が荷物から取り出しておいた食糧で、夕食を取ることになった。三人は、それぞれ1本ずつの木の下に分かれて座り、黙ってゆっくりと食べた。崑爺も離れたところで、ひとり座って食べている。空はまだ少し明るかったが、星が見えてきた。満月に近い月も空に浮かんでいる。土竜は姉たちの無事を願った。

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