第12話

珉珉が珍しく口を開いた。

「これを作ったお弟子さんは、どうなったのでしょう。」

崑爺が、じろっと珉珉を見た。

「そやつは、これを作り、何度も試作を重ねる際、すべての指を失い、結局自害した。」

崑爺は、そう言いながら苦いものを口にしたような顔をして、下を向いていたが、珉珉は、全く無頓着に、また尋ねる。

「お弟子さんは、なんでまた、このような残酷な暗器を作ろうと、」

「龍弟!」とさすがに、蘭蘭が声を荒げた。崑爺は、苦い顔のまま、吐き捨てるように言った。

「あやつの考えなど、わしにはわからん。ただ、」と顔を上げ、蘭蘭を見た。

「わしは、この暗器を封印したのだ。」


「え?」蘭蘭が、ものといたげな顔をする。

「そうだ。世に出回ってるはずがないのだ。」

「ではなぜ?」という蘭蘭を、崑爺はじっと見た。

「うむ。実は、その預言者の率いる宗教団体には、心当たりがある。」

土竜が、目を輝かせた。

「ご存じなのですか?」

崑爺はうなずく。

「引退の身とはいえ、わしは、今も様々なつながりを持っておるのでな。」


それで、河家の事情にもくわしかったんだわと、蘭蘭は思い、崑爺に頭を下げた。

「崑の叔父上、どうか、その宗教団体のありかをお教え願えませんか。」

崑爺は、ニヤッと笑った。

「叔父上、とな。」

蘭蘭は少し赤くなったが、

「お爺様と呼ぶには、お若すぎます。それに引退だなんて。これだけの工房を持ちながら。」と、蘭蘭は、その部屋をぐるっと手で示した。

「ここは、わしの手慰みの部屋だ。売り物にはしないが、今でも暗器はいろいろ作っておるぞ。」

崑爺はすっかり機嫌がよくなったようだ。さすがは蘭蘭だと、土竜は感心してばかりである。

一人で来ていたら、ここまでうまくいかなかった、と土竜は思い、蘭蘭に感謝した。


崑爺は、蘭蘭をまだ見ている。

「河家の奥方は、風の技に優れておるが、暗器が相手ということで、お前たちに指南したはずだ。」

蘭蘭は、素直に感嘆の表情をして、

「そのとおりです!」と喜びを交えた声を出した。

崑爺は、蘭蘭に、

「やってみなさい。」と言い、

「ここでですか?」と躊躇した蘭蘭に、うなずいた。

「戦いはどこで起きるかわからない。むしろ狭い部屋の方が多いはずだ。」

蘭蘭は、

「はい」と素直に立ち上がり、師母から伝授した、風の技を披露した。


部屋の中で、たくさん物が置いているのに、全くそれらに触れることもなく、見事に動く。

珉珉は、目を見張った。蘭姉さまは、一度教わっただけで、あれから練習をしているのを見たことがない。なのに、どうしてこうも完璧にできるのだろう。

崑爺は目を細め、

「おお、奥方が目の前にいるようだ。天健、お前は、すでに技を身につけておるな。」と、ほめた。珉珉は、下を向いて唇をかむ。

「鈴鈴、お前も見せてごらん。」と崑爺は、今度は土竜に言い、土竜も披露した。

「おお、お前も、きちんと自分のものにしておる。河家はいい弟子を持っておるな。」

土竜は、少し赤くなった。ほめられた喜びもあるが、息が少し上がり上気していたせいもある。蘭蘭はこともなげに行ったのに、と、土竜は少し悔しかった。

珉珉も立ち上がった。


しかし、崑爺は、珉珉を手で制した。

「お前は、土の技をするのだ。師父から教わってるだろう。」

珉珉は、少し青ざめた。師母に言われて、土竜から土の技を教えてもらったが、風の技ばかり練習していて、土の技は、その型を覚えているだけだ。


風の技は、宙を飛び軽やかに動きながら、自ら起こした風が鋭い切っ先となり、相手を制する。攻撃自体は致命傷を与えるものではないが、動きが速く、相手からの攻撃を軽くかわすことが出来る。また、風を感じる能力にも優れているので、剣など見えているものだけでなく、暗器の攻撃もすぐ察し、かわすことができるのだ。

反して、土の技は、地面近く低く動き、敵の足元を狙う。これは相手にとって嫌な攻撃だ。鎖鎌を主に使うが、これで敵の足首、もしくは腱を切断するのである。

風の技と違い、飛び上がらず、ずっと地で動くので、狭い部屋では、もっと不利である。


しかし、珉珉は、素直に立ち上がり、土竜に教わった通りに、型を披露した。

一度覚えただけなのに、身体が気持ちよく動く。練習もしていないのに、と珉珉は不思議に思った。終えると、蘭蘭が拍手をした。

「見事だ、龍弟。お前いつの間に、どこで修業をしていた?」と少し悔し気な口調で問うた。隣の土竜も驚いた顔をしている。

「鈴妹に一度教えてもらっただけだ。」と言うと、二人とも驚き、崑爺が笑った。


「これでわかるだろう。人にはそれぞれ、合う技があるのだ。天健は風、龍は土。そして鈴鈴は、全てだ。」

「全て!?」と、三人が叫んだ。土竜は嬉しそうに。珉珉は驚いて、そして蘭蘭は悔しそうだった。崑爺は三人を見た。

「まず、4つの技というものを知らねばならぬな。

河家は、崋山派であるが、それとは別に4つの技を持つ。今お前たちが行った風、土、他に水と炎の技がある。

ほとんどの者は4つのうちの一つの技に合い、それを得意とするが、稀にすべてに合う者がいる。それがお前たちの師父で、この鈴鈴も、その素質がある。ただ、1つの技に合う者は、それをこともなげに操る。」

崑爺は、蘭蘭と珉珉を見た。二人がうなずく。


「全ての技に合う者は、4つの技を得る代わりに、その分弱くなる。」

土竜が、下を向いて唇をかんだ。蘭蘭の唇にふと笑みが浮かんだがすぐ消える。

「ただし、お前たちの師父のように、全ての技に達成している者もいる。」

土竜が顔を上げた。

「しかし、修業は生半可ではできない。つらいものになる。」

土竜は、黙って崑爺を見ていた。



珉珉が口を開いた。蘭蘭が止める間もなく、崑爺に問いを浴びせる。

「叔父上は、どうしてそんなに詳しいのですか?それにすぐ、私を土と見抜いた。体つきですか?」

崑爺は、面白いものを見るかのように、珉珉を見る。

「お前のその、実直な物言いだ。土そのものだ。」


蘭蘭がうなずく。

「そうです。私は確かに、師母に似ている。では、では、鈴妹はどうして?」

崑爺は、少し青ざめている土竜を見て言った。

「鈴鈴は、お前たちの師父の修業時代と同じ動きをするからだ。」

「修業時代?では、師父とご一緒に修業を?」

と、思わず問うた土竜と、ほかの二人の顔を一人ずつ見ていって、崑爺は微笑んだ。


「若く見えるのも嬉しいものだが、わしは師父よりずっと年寄りだ。わしはお前たちの師父の師父だよ。」

三人は、今度こそ吃驚仰天した。

思わずひれ伏し、地面に頭を打ち付ける。

「失礼いたしました。大師父でおられましたか!」蘭蘭が頭を地面につけたまま、震え声で言った。ほかの二人は、声も出ない。

「よいよい。頭を上げろ。もう引退したと言っただろう。だから今はただの崑爺だ。お前たちの師父もそのように説明したのではないか。」


蘭蘭は、以前、師父に尋ねたことを思い出していた。


「ねえ、お父様の師父はどなたなの?」

「私の師父は、尊敬すべき大人(たいじん)だ。早くに引退したが、たぐいまれな達人であったことを、あれこれ言われるのを嫌う。美辞麗句を求めない人なんだよ。」


蘭蘭が一番に顔を上げた。

「では、叔父上。」と言ったので、珉珉と土竜は恐れてびくっとした。

「うむうむ。」と崑爺の声に、温かい笑いを感じて、土竜も珉珉も恐る恐る顔を上げた。

崑爺は、目を細めて、蘭蘭を見ている。

「お前は、本当に賢い子だ。風の型そのものだよ。」

蘭蘭は少し赤くなったが、この旅の目的こそが大切なんだ、とそれを崑爺にきちんと伝えようと思った。

「叔父上。どうか、この鈴妹の復讐と姉たちの救済にお力を貸してください。」


土竜と珉珉は、はっとした。崑爺が大師父であったとしても、第一にしなければならないことは、土竜の姉たちを探して、父母の仇を打つことだ。

土竜は蘭蘭に、心の中で感謝した。

崑爺は、何度もうなずき、

「うむ、いい子たちだ。とりあえず、席に戻りなさい。詳しいことを話そう。」と言って、三人を立たせた。

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