第11話

三人は北を目指す。

目立ちたくないから、人目のあるところでは軽功は使わず、速足で歩いた。みすぼらしい身なりなので、盗賊にも狙われず、無事二つ目の街に着く。

崑爺は、小さい蝋燭屋を営んでいると師父に教わっていたので、すぐ見つかった。三人は、客のいない店に入る。


奥の暗がりに男がひっそりと座り、三人をじっと見ていた。土竜は師父からもらった符丁を蘭蘭に渡す。これを見せれば、河家の身内だとわかるものだ。蘭蘭は、符丁を崑爺とおぼしき男に見せ、口を開いた。

「崑様。お初にお目にかかります。我らは河家の者。お知恵を拝借したく、紹介もなく押し掛けたこと、お許しください。」

崑爺は、小柄な男で、爺という割には、年より臭くない。むしろ若々しく、師父と同じくらいの年齢のようだ。口上を述べた蘭蘭を見た。


「河家には、娘が二人と聞いていたが、」と三人を見る。珉珉は笑いそうになったが、まじめな顔をしていた。蘭蘭が、

「ゆえあってこのような身なり。お見苦しいのはお許しください。名前も通し名を名乗らせていただきます。私は天健、弟と妹は、龍と鈴鈴と申します。」と頭を下げると、崑爺は、ひげのない顎を片手で撫で、

「ふうむ。」と、興味を持ったような、面白そうな顔をした。

「で、用事はなんだ?」と聞いたので、土竜は懐から、布に包んだ暗器を取り出した。


崑爺は、暗器を見るなり、

「これは!」と土竜の手から、震える手で暗器を取った。

「ご存じですか!」と、土竜は思わず大声を出す。崑爺は土竜の可愛い顔をじろっと見た。

「どういうことだ。なぜこれをお前が持っている。」

土竜は、崑爺をじっと見てから、そっと目を伏せ、その後、下を向いたまま、すべてを話した。


その長い話を、崑爺は、相槌も打たず、黙って聞いていた。土竜が話終えると、

「奥に来なさい。」と、立ち上がり、三人をうながした。

店の奥に、小さな扉があり、崑爺が不思議な手つきで開けると、するすると開いた。崑爺が入り、三人が続いた。


驚いたことに、扉の向こうは、煌々と明るく、広い清潔な部屋であった。

光に目が慣れて見回すと、部屋は整然とした工房になっており、炉や作業台もピカピカで、いろんな道具がきちんと並んでいた。

「茶の用意をするから、そこに座りなさい。」と崑爺は、作業場の横にある食卓と椅子を示した。

三人は椅子に座り、黙ってじっとしていた。

珉珉は、ふと自分の頭を触り、短くなった髪の毛にちょっとたじろぎながら、青年になっている蘭蘭の端正な顔と、珉珉の髪の毛をつけている、土竜の可愛い顔をかわるがわる見た。ふたりとも、まっすぐ前を見ていたが、珉珉の視線に気づき、ニコッと笑う。笑うとふたりとも、ますます可愛くなる。珉珉は、心の中でそっとため息をついた。


崑爺が、茶の用意をもって来た。本格的なもので驚いたが、茶を入れる手つきも鮮やかで、入れてくれたお茶も、実に美味しかった。

口の肥えている蘭蘭が、おいしい!と思わず声を上げる。

崑爺は満足げに笑った。

「わしは、いつも茶の用意をして、茶を入れる間に、色々考えるのだ。」

三人は、居住まいをただした。その三人を見て崑爺は、暗器を卓上に置き、おもむろに話し出した。



「これは、わしの不詳の弟子が作ったものだ。

暗器はもちろん、人を倒す武器であるし、不意打ちを狙う卑怯な武器でもある。しかし、武器は武器だ。剣でも槍でも、相手を殺傷するのが目的だ。

暗器の場合、剣や槍とは違い、毒を塗ってない限り、一撃で殺すのはむつかしい。ただ、ここにあるこの暗器は、一撃で相手を殺す。」

と、崑爺は、言葉を切った。三人は黙って聞いている。

「毒を塗っているからではない。この暗器は、頭部を狙うと、確実に殺すことができる。ただし、ほれ見てみろ、持ち手がないだろう。」

三人は暗器を見た。確かにねじ曲がった小刀のようだが、すべてが刃である。

「つまり、この暗器を使う場合、使い手の親指が邪魔になる。実に残酷な武器なのだ。」

蘭蘭がゴクッと唾をのむ。


「それでは、」と蘭蘭が言いかけると、崑爺がうなずいた。

「そうだ。これを使う者は、利き手の親指がない。」

土竜が、じっと崑爺を見つめる。崑爺も土竜を見た。

「鈴鈴よ、お前の仇を探したければ、親指のないのを目印にせよ。」

土竜は、目に涙をためてうなずいた。

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