第10話
第4章
うまく角で落ち合った三人は、黙って走り、城壁まで来た。
真夜中過ぎ、街は眠りこけたように静かである。犬の遠吠えさえ聞こえない。草むらの虫の声が、間断なく聞こえるのが、かえって静けさを増す。
こっちだ、というように、土竜は二人に合図した。
三人とも、修行の身とはいえ、他の弟子よりは格段にうまく、軽功(けいこう:速く走ったり、高く跳んだりすること)も身につけていた。それでも高い城壁は、不安であったが、土竜は飛び越えられる箇所を知っていた。いつも近道するところである。
三人は、そこを難なく飛び越え、城壁の外に出た。
とたんに空気が変わる。屋敷町にない、生活臭がする。土竜は目に見えて緊張がほどけていた。
「とにかく、ぼくの家に行こう。」小声で言うと、双子姉妹がうなずいた。
土竜の家には、小さいころ何度か来たことがあったが、こんなに小さくみすぼらしかったのか、と珉珉は驚いた。しかし顔に出さない。
土竜の両親の遺体は、役人たちが持って行ったようだ。血の跡も、土竜が暴れた家の中も綺麗になっている。これは近所の人情のある者たちがしたのだろう。土竜は涙が出そうになるのを我慢した。二人の方を見る。
「とりあえず着替えて。そんな上等な服を着てると、盗賊に襲ってくれと言ってるようなものだよ。姉さんのを着ればいい。」土竜がそう言うと、蘭蘭がじっと考えてから言った。
「そうだわ。私と珉珉は、土竜の服を着る。男に化けるの。」土竜は驚いたが、いい考えだと感心した。
「そして、」と蘭蘭がニヤッと笑った。
「土竜が姉さんの服を着るのよ。」
「えっ!」土竜が驚くと、それまで黙っていた珉珉が口を開いた。
「うん。土竜は綺麗な顔だから、それがいいと思う。」
「でも、髪の毛は?」と、土竜が言うと、珉珉は
「土竜、はさみを貸して。」と珉珉が言い、土竜が渡すと、珉珉はためらう間もなく、自分の髪をほどき、根元からバッサリと切った。
「珉珉!」土竜も蘭蘭も驚いたが、珉珉は、その髪の毛を蘭蘭に渡し、
「これで土竜のお団子を作って。蘭姉さまは、背が高いから、髪が長くても男で行けるけど、私は、背が低いから、髪を切った方がいいの。」
蘭蘭は、うなずいて受け取った。器用なので上手にお団子を作る。その間に、珉珉と土竜は着替えた。
姉の服を着た土竜にお団子をつけると、びっくりするほど可愛らしい。珉珉は感心してしまった。
蘭蘭が着替えている間に、珉珉は土竜に聞いた。
「今からどうする?ここで一晩眠るの?」
「いや、もう行かなきゃ。近所の人も気づくだろう。街はずれの山に僕の秘密の隠れ家があるんだ。」とまじめな顔で言う。すると、
「行きましょう。」と蘭蘭の声がしたので、二人は振り返った。
土竜の服に着替えた蘭蘭が立っている。こちらは背の高い美青年である。珉珉は、やはり感心した。
三人は、それぞれ荷物を背負って、土竜の家を後に、街はずれの隠れ家に向かった。
結構な距離があり、軽功を駆使したので、着いた時には、三人とも息が上がっていた。
「ここだ。」と土竜が指さしたのは、うっそうとした木々が絡まったところで、土竜がそれらをうまくよけると、洞窟があった。
「蝙蝠も悪い動物もいない。僕が作り上げたんだ。」と得意げである。
「あら、結構広いわ。寝台まである。」と蘭蘭がくすくす笑った。
「いいなあ、ここ。」と珉珉が素直にうらやましがったので、土竜は嬉しくなった。
「干し草を敷いてるから、快適に眠れるよ。今夜はここで休んで、明日旅立つんだ。」
「でも、どこに行くの?行く当てはあるの?」と蘭蘭が聞くと、土竜はうなずいた。
「師父が教えてくれたんだ。北に進んで二つ目の街に、暗器に詳しい崑爺という人がいるから、そこを訪ねなさい、って。」
「わかった。明日そこを目指しましょう。じゃ、疲れたから私は寝るわ。早いもの勝ちよ。」と蘭蘭が笑って、寝台に乗った。
「蘭姉さま、私も隣に寝るわ。」と珉珉が、潜り込む。二人はくすくす笑った。
土竜はなんだか恥ずかしくなって、少し離れた床の上に横になった。
疲れていたので、三人はあっという間に眠り、しかし早朝にはもう起きていた。
土竜が川で汲んできてくれた水で身支度を整える。珉珉が昨夜台所からくすねてきた食料はたっぷりあった。
「どうなるかわからないから、うまく配分しましょう。珉珉は、日持ちするものばかり持ってきてくれたわ。」と蘭蘭が言ったので、珉珉は嬉しかった。
蘭蘭は続けて、
「名前を決めましょう。」と言って二人の顔を見た。土竜と珉珉は、どうしていいかわからない。
「いいわ、私が決める。珉珉は、龍(ロン)よ。龍弟(ロンテイ)と呼ぶわ。」珉珉がうなずく。
「土竜は、鈴鈴(リンリン)よ。可愛いでしょう。鈴妹(リンメイ)ね。」土竜がうなずき、
「蘭お嬢さんは?」と聞くと、蘭蘭は、ニヤッと笑った。
「ふん。私は、天健にするの。あはは。ふたりとも、天兄さんと呼ぶのよ、わかった?」
二人は無表情にうなずく。
「ぼくは、珉珉をどう呼べば?」と、土竜が聞くと、蘭蘭がにっこりした。
「あんたを一番下にするから、龍兄さんと呼べばいいわ。さ、名前も決まったし、出発しましょう。」
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