第9話
第3章
武芸一家の食事は常に質素であるが、今夜は、質素ながらも量が多く、腹持ちするものばかりだった。
「土竜、たくさん食べなさい。余ったものは弁当に包ませよう。」と、師父が言う。
土竜は、胸がいっぱいで食べられそうになかったが、食べなければ、と必死で食べる。
「土竜、真夜中深夜に私は警備のものを集める。そのときに、こっそりと出ていくのだ。挨拶はしなくてよろしい。無事帰ってきた、そのときにきちんと礼を言ってもらおう。」
師父のその言葉に、土竜は泣きそうになったが、下を向いて涙をこらえた。
「無事に帰るのよ。お姉さんたちも連れて。」と、師母が言う。蘭蘭と珉珉もうなずいている。
みんなの顔が見れなくて、土竜は目をしばたいたまま、下を向いて、
「このご恩は一生忘れません。」と小さな声で言った。
その夜、旅の支度をしている土竜の部屋に、誰かがそっと入ってきた。
「しっ、土竜、私よ。」と言ったのは、珉珉である。
「珉珉、どうしたの?あ、そうか。土の技だね。」と、土竜は師母に、珉珉に技を教えてくれと頼まれたのを思い出した。
珉珉は、首を振る。
「違うの。」そして、土竜をまっすぐ見て、小声で言った。
「土竜、私も連れて行って。」
「えっ!」と、大声が出そうになって、土竜は自分で口をふさいだ。
「ダメだよ、珉珉、師父に叱られるよ。」と、土竜が言っても、珉珉はじっと土竜を見つめているだけだ。その目にいつもと違うものを感じ取って、土竜は、
「珉珉、どうしたの?何かあったの?」と、優しく聞いた。
珍しく珉珉が言い渋っていると、
「ふーんだ。珉珉は、土竜が好きなのよ。」と小さな声がして、二人振り向くと、蘭蘭が入ってきていた。
「珉珉、お父様も言ってたでしょう。外は危険よ。」と、蘭蘭が言って、くすくす笑う。
「そんなにまでして、土竜にくっついていきたいの?」
それを聞いて、土竜は赤くなったが、珉珉は真剣な声で、
「違うの。さっき、お父様から、天健に嫁げ、と言われたの。」
「なんですってぇ!」と、今度は、蘭蘭が大声を出しそうになり、自分の口をふさいだ。
「どういうことよ!」小声だが鋭い声で、蘭蘭が珉珉に迫る。
「私もわけがわからない。突然お父様に呼び出されて言われたの。蘭蘭の間違いじゃないかって聞くと、私だって。私、私、絶対いやよ。」珉珉の目から涙がこぼれた。
「わからない。お父様に確かめるわ。」と蘭蘭が出て行こうとすると、
「お父様は、蘭蘭には内緒だって。明日にでも、天健の屋敷に行けって。」と、珉珉は蘭蘭の袖にすがった。
「お姉さま、お願い。このまま、私を土竜と行かせて。」
蘭蘭は珉珉を見て、土竜を見た。
「土竜、いいの?珉珉がついて行っても?」
土竜は首を振る。
「珉珉、ダメだよ、危険な旅だ。連れていけないよ。」
「わかった。足手まといなら、ついて行かないわ。でも、私も今夜家を出ます。」と珉珉は、きっぱりと言った。蘭蘭が珉珉の手を取った。
「いいわ、珉珉。私も一緒に行く。」そして、驚いている土竜を見た。
「土竜。悪いけど、私の方があんたより、ずっと腕が上よ。あんたの助っ人としてついて行くわ。」
「そんな、お嬢さん、やめてください。師父に殺されます。」
蘭蘭は、にやっと笑った。
「断わるんだったら、ここで大声を出すわ。あんたに、私たち二人が襲われたってね。珉珉も、もう傷物だから、天健に嫁がなくていいし。
ま、私たちの評判はガタ落ちになるけど。あーあ。もう、どこにもお嫁にいけないわ。」
「そんな・・・。」土竜は声が出ない。
「珉珉、お父様に手紙を書くのよ。天健に嫁ぐのは嫌なので、蘭蘭と家を出ますって。
そうね。お母様の実家に行きます、って書けばいいわ。」
珉珉も土竜も、蘭蘭のずる賢さに舌を巻いた。師父たちは、見当違いの師母の実家に向かって探索をかけるだろう。
蘭蘭が一緒なら、うまくいくかもしれない、と二人は思った。
「さ、そうなれば、用意だわ。珉珉、書置きを書いたら、武器と食べ物を調達してきて。私も必要なものを集めてくる。
土竜は出ていくとき、わざと人目に付くのよ。たった一人で出ていくように見せるの、わかった?」
二人はうなずいた。
「土竜、屋敷を出たら、角の暗がりで待っていて。
裏切ったら、あんたが私たちをかどわかしたって噂を流すわ。そうしたら、役人につかまって、かたき討ちもできないわよ。」
蘭蘭が性悪に笑い、土竜は、ただうなずくばかりだった。
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