第7話

師母が土竜の頭をなで、頬を自分の方に引き寄せると、土竜は、はっと夢からさめたような表情になった。そして、飛び上がって、師母の腕から離れ、寝台を降り、師母の足元でひれ伏した。

「師母!申し訳ありません。」

師母は、少し驚いたようだが、すぐ笑顔になり、

「土竜、顔を上げなさい。」と土竜の横に膝をついて、土竜の肩に手をかけた。

土竜は、その顔を上げると、師母が横で膝をついているのに仰天した。

「師母!師母!もったいのうございます。どうぞ、私からお離れください。」

土竜の慌てぶりに、蘭蘭がくすっと笑った。

「土竜。母様は、ずっとあんたの看病をしてたのよ。」蘭蘭が意地悪そうな声で言うと、土竜はますます頭を低くして、床にこすりつけた。

「私が至らないばかりに、師母の師母の、」そこから言葉が続かない。


土竜は顔を上げた。蘭蘭の意地悪そうな顔、珉珉の心配そうな顔が見える。師母の優しい声が聞こえた。

「土竜、あなたはつらい目にあったのよ。」

その声を聞いて、土竜は、はっと師母の美しい顔をまともに見た。そして、手を床についたまま、慌てて頭を下げ、歯を食いしばった。

土竜は心を決め、もう一度顔を上げ、今度は、きちんと師母を見つめた。

「師母、今まで、計り知れない御恩を受けましたのに、どうかお許しください。」

「何を許すというの?」師母は柔らかい声で聞く。

「私は、師父のお許しを得て、父と母の仇を討ちとうございます。まだ修行の身でありますが、仇を探し、できれば、姉たちも探したい。」

土竜の声は震えていたが、もう、涙は流していない。


「土竜・・・。」とつぶやいたのは、珉珉であった。何か言おうとしたが、珉珉はしっかり口を閉じた。師母は、しばらく土竜を見て、口を開く。

「そうね。お姉さまたちも心配だわ。師父が帰ったら、私から伝えましょう。」

「師母、ありがとうございます!」土竜は、床に頭をこすりつけた。

「土竜、きっと師父は許してくれるでしょう。でも、相手は恐ろしい者たちだそうです。」

「はい。」

「土竜、私からひとつ、技を授けましょう。」

土竜が顔を上げる。蘭蘭と珉珉が、小さく息を飲んだ。

師母は、ふと笑った。

「いいわ、私の双子たち。この機会に、お前たちにも教えるわ。」

蘭蘭と珉珉の顔が輝いたが、土竜を気遣って喜びの声は上げない。


師母は、三人を見た。

「かの者たちは、暗器を使ったと聞いています。

暗器は、どこから飛んで来るかわからない、恐ろしい武器です。気づいた時は遅いのです。

そこで、風の音を知ること、そして、その風の音が変化した時に、とる技を授けましょう。」


今度は土竜も嬉しそうな顔をしたので、双子姉妹もにっこり笑って、手を打った。

「お母様、嬉しいわ。お母様お得意の風の技を教えて下さるのね。」

師母はうなずくが、もう優しい声ではなかった。

「一晩で身につけるのは、難しいと思うわ。でも、土竜なら覚えることが出来る。

それを毎日練習するのです。

蘭蘭も、すぐに覚えることが出来るわ。でも、愚直に練習を積んで、それを習得するのは、珉珉の方が先かもしれない。

教える内容は、むつかしくないのです。覚えた後、どれだけ修練するか、それが大事ですよ。」

三人は、真剣にうなずいた。


師母は、三人の前で、風の型を取った。師母の身体が宙に舞う。重みがなく空気の流れに身を任せているようだ。

「お見事!」三人が思わず叫ぶ。この技を教えてもらうのだと思うと、心が騒いだ。

師母が、型を取りながら、一つずつ声を出して説明した。

「やってごらん。」

土竜は、何度かやって、師母に直されている。蘭蘭は一度で全てを覚えた。

珉珉は、必死で覚えようとするが、うまくできない。しかし、何度も何度も飽くことなく繰り返す。師母は、言った。

「珉珉、あとは、蘭蘭に教えてもらいなさい。蘭蘭は、覚えたことに磨きをかけるのです。

土竜、お前はこれから一人で戦わなければいけないのですよ。仇に会う前に、長い旅になるでしょう。毎日いつも修業しなさい。」

三人は、息を切らしながらうなずいた。蘭蘭でさえ、息を切らしていた。珉珉は土竜の顔に、かすかな不安を感じ取って、切なくなった。

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