第5話

第2章


珉珉たちは心配ではあったが、土竜の姉は双子ではないし、婚礼も控えているし、無事だろうと、なんとなく思っていた。

しかし、土竜はなかなか帰ってこなかった。

「お前たちはもう寝なさい。」と師父が師母と娘二人に言うと、蘭蘭が珉珉に、

「そうね、もう寝ましょうか?」と言う。珉珉が首をふった。

「もう少し待ってみる。」

蘭蘭が、優しく笑って、

「じゃあ、先に寝るわね。」と席を立った時、門が開く音がし、ほどなく部屋の入り口から使用人が飛び込んできた。

土竜を背負っている。土竜の頭と使用人の肩から回した土竜の腕は、血まみれであった。

「土竜!」と叫んで、珉珉が走り寄る。


使用人は、師父に

「どこへ?」と聞くと、師父はあわてて、

「取りあえず、ここへ寝かせろ。」と言い、師母が、そばで立っていた使用人たちに

「お湯をたくさん沸かして。それと、客間の寝床の用意を。」とテキパキと指示した。

床に寝かされた土竜の顔についた、泥と血を師母が布でそっと拭く。

土竜を運んできた腕の立つ使用人は、部屋の隅で、師父に説明をしていた。師父は厳しく暗い顔をして黙って聞いている。他の使用人は、皆指示されたことをしに、外に出ている。

土竜の顔が、布で綺麗に拭かれると、そこには、驚くほど美しい少年の顔が現れた。

師母も蘭蘭珉珉も驚かない。


傷があり、泥で隠していると、噂されている土竜だったが、実は少女と見まがうほどの美少年で、好事家に狙われたり、いやそれ以上に、武芸所の弟子たちにねたまれるのを恐れて、その美しい顔を隠していたのである。

土竜は、浅く早い息をしていた。素早く全身を調べた師母が、

「傷はないわ。」と言った。珉珉がほっと息をつく。

「じゃ、この血は?」と、蘭蘭が聞くと、師父が一人で近づいてきた。腕の立つ使用人は、休むようにと言われ、部屋を出ていた。

「その血は、土竜の父と母の血だ。」と、師父が厳しい声のまま言う。

師母が、はっと師父を振り返った。師父は重々しくうなずいた。

「ふたりとも、殺されていた。」


珉珉は、土竜を見た。土竜は、はぁはぁと息をしながら、眉根を苦しげに寄せた。珉珉は師父を見上げる。蘭蘭も目に涙をためていた。

「じゃ、お姉さまたちは?」と蘭蘭が聞くと、師父はゆっくり首をふる。

「土竜たちが行ったときは、もう遅かったそうだ。父母は無残に殺され、姉たちもいない。土竜は狂ったように家中を探し、血まみれの父母を抱き、叫んで、そのまま昏倒したそうだ。」

「林(リン)は、」と師父が腕の立つ使用人の名を言い、話をつづけた。

「土竜をそのまま寝かせて、近所に聞き込みをしてくれたのだが、みな、何も知らないと言う。いや、報復を恐れて、ではなく、物音も悲鳴も、何も聞こえなかったそうだ。よほど腕の立つ奴らだろう、と林が驚いている。土竜がおかしくなる前は、家の中は、全く乱れてなかったそうだ。婚礼の衣装も美しく飾られていたと。」

師母が下を向いて涙をぬぐう。しかし、涙が出ていないように、珉珉には見えた。一瞬後、師母の目には涙が光っていた。瞬きをして、珉珉は、

「土竜母様、死んじゃったのね。」と、つぶやいた。


「林が、これを見つけた。」と師父が、手を広げると、そこには血の付いた小刀があった。手のひらに収まる小ささで、おかしな具合に曲がっている。

「暗器だな。」と師父が言った。暗器とは、手のひらに入るほどの小型の飛び道具である。

「見たことある?お父様?」と蘭蘭が聞くと、師父が首をふる。

「初めて見る暗器だ。どこのものだろう?」と首をかしげている。

「手がかりはこれだけらしい。ほかの暗器など見つからないし、姉たちを引きずった跡や、いや、彼らの足跡さえ見つからなかったそうだ。林が探してわからないのなら、その通りなのだろう。ただ、この暗器は、その、土竜の母の首の骨に引っかかっていて、見つからなかったのだろうと、林が言ってる。」

「むごいことね。」と師母は言った。

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