第3話
組み手が終わり、昼食の時間となった。弟子たちはみな弁当持参だ。
自然と、金持ちと貧乏人に分かれて、それぞれ座る。弁当の中身ももちろん違っていた。
しかし、激しい運動の後なので、お腹がすき、なんでも美味しく食べられる。
双子の姉妹と土竜が、使用人たちの用意したお茶を皆に配る。
蘭蘭が金持ちに配り(みな競って蘭蘭を手伝った)、珉珉と土竜が貧乏人に配る。
珉珉と土竜が貧乏人たちに配っているのを見ながら、最近入門したばかりの金持ちの息子が、隣に座る男に聞いた。
「あの、顔に泥をつけてる男は、なんでいつも、珉お嬢さんと一緒にいるんだ?」
隣の男が、箸を止めて、お茶を配っている二人を見た。そして、にやっと笑って。
「それについては、いろんな噂があるのさ。」と、語り始めた。
「お嬢さんたちが生まれたとき、双子だったんで、師母はお乳が足らなかった。ちょうどその頃、使用人の知り合いの家に赤ん坊がいて、乳が豊富に出てたらしい。」
「それが土竜の母親か。」
「そうだ。そこまではいいんだよ。土竜の母親が、乳母になった。」
「うん。」
「どうもその乳母に、蘭お嬢さんは懐かず、珉お嬢さんだけが乳をもらっていた。もちろん、乳母は、実の子の土竜にも乳をやっていて、」
「そうか、ふたりは、乳兄妹ってわけだな。それで仲がいいのか。」
「いや、そこから、いろんな噂があるんだな。」
「おや。面白くなりそうだ。」
「いやな、」と、男は、声を潜めた。
「乳が離れてからも、土竜の母親は、忙しい師母に代わって、姉妹の面倒を見た。毎日、土竜を連れてな。その頃には、蘭お嬢さんも、乳母を嫌がらなかったのだが、珉お嬢さんが、独占したがったらしい。」
「乳母をか。」
「そうだ。で、ある日、母親に甘える土竜に嫉妬して、土竜の顔に切りつけた。」
「まさか。」
「噂だよ、噂。ほら、土竜は顔に泥を塗ってるだろう。ひどい傷があるんだよ。」
「なんてことだ。」
「いや、珉お嬢さんが、高い木に登って、飛び降りたときに、土竜がお嬢さんをかばって傷を受けた、って噂もある。」
「ま、そっちの方が真実味があるな。珉お嬢さん、お転婆だし。」
「お転婆だけど、不愛想だろう。」
「確かに。土竜も助けたのが、蘭お嬢さんならよかったのにな。」
ふたりは、顔を見合わせて、クククと小さく笑った。
陰口をたたかれてるのも知らず、お茶を配り終えた珉珉と土竜は、いつもの木陰に座って、弁当を広げた。蘭蘭は、天健たちと食べている。
「土竜、饅頭、交換してよ。」と珉珉が言う。土竜は黙って、自分の饅頭を差し出した。珉珉も黙って、自分の饅頭を渡す。
ついでに、肉を炊いたおかずも、そっと、土竜の弁当箱に入れた。
土竜はそれを箸で取って、何も言わず食べる。珉珉の唇が一瞬嬉しそうにひくついた。珉珉も土竜からもらった饅頭を食べた。
「土竜母さんの味だ。」珉珉がぼそっと言った。土竜がちらと珉珉を見る。
「母さん、元気?」と珉珉が聞くと土竜がうなずいた。
「今は、姉さんたちの婚礼の準備に大忙しだ。」
ふたりは初めてお互いに目を見合って、小さく笑った。
「二人いっぺんに決まるなんてすごいよね。」
「向こうの兄弟が、姉さんたちを是非に、って言ったんだ。婚礼の支度金も全部出すからって。」
「姉さんたち、綺麗だから。」と、珉珉がにっこり笑うと土竜も笑った。
土竜が何か言おうと口を開くと、弟子たちの声が聞こえた。
「師父、おかえりなさい!」
珉珉と土竜は声のした方を見た。
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