第97話

「な、何するんだよ!?」


「触りたいのかなって思ったから」


すっかり透子のペースに乗せられてる気がするし、からかわれている気がする。

薫の初々しい反応に、透子は更に仕掛けたくなる。


「反応が可愛いから、意地悪したくなる」


「私で遊ばないでくれ」


「遊びじゃなかったらいいの?」


「そういう事を言ってるんじゃないってば」


心臓は未だにドクドクしている。

彼女の「悪戯」にどぎまぎする必要はないのに。


「じゃあ、これくらいしか出来ないけど」


透子は左手の薬指にはめていた指輪を取り、引き出しの上に置いた。


「薫も今、あたしと同じ気持ちなんじゃない?」


纏っていたバスローブの紐をほどく。


「誰かの温もり、欲しいんじゃない?」


痛いところを突かれる。


「誰かに心の空白、埋めてほしいとか」


髪を耳にかけながら。


「一瞬でもいいから、満たされたいとか…」


ゆっくりと薫に近付き、ゆっくりと押し倒していく。


「ねえ、嫌なら嫌って言って?

 じゃないと、あたしは止められないもん」


薫を見下ろしながら、寂しげに微笑む。


「旦那にだって、こんなに見つめられた事がないし、何かドキドキする」


白い肌がとても綺麗で。

申し分のない乳房も、しなやかな括れも、絵に描いたように綺麗で。

触れてみたいという願望が、小さな芽を出す。


「欲しがる事、恥ずかしい事じゃないよ」


口唇が近付いてくる。


「今だけでいいから、あたしだけを見て。

 あたしだけを求めて」




ああ、そうか。

この人も強がっているけど、寂しいんだ。



キスを受け入れる。

閉じた瞼を開くと、透子は意外だという表情を浮かべていた。


「絶対に拒まれると思ったのに」


「拒むべきだったんだけどさ…」


今ならまだ引き返せる。

なかった事には出来ないが、未遂で終わる。

頭では何度もその言葉が、繰り返し浮かんでいたのだが。


「上手く言葉が出てこないけど」


透子の口唇に、指先で触れてみる。


「透子さんが欲しい」


薫の指先を、透子が咥える。


「あたし、女の人とした事ないけど、上手く出来るのかな」


「私もした事はないけど、多分男の人よりは気持ち良く出来るんじゃないかな。

 女だから解るかも」


そして、今度は薫から透子にキスをした。

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