第95話

食事を済ませると、透子はベッドに向かい、体を投げ出した。

朝から仕度やら移動やらで疲れたと、伸びをしながら言う。


「旦那の関係者に挨拶したりでさ。

 あたしには関係ないのに。

 都合のいい時だけ『妻』なんだよな~」


表情を曇らせる。


「こんなに綺麗な人が奥さんなのに、他に相手を作るなんて、申し訳ないけど酷い旦那さんだと思う」


「金持ちと結婚したら、大体そんなもんだから。

 要はお飾りであり、目の上のたんこぶ。

 結婚は建前だし、世間様のつまらない視線が向かない為のもの。

 別にあたしは、結婚なんてどうでも良かった。

 いろんな人に言われたよ、『お金持ちの人と結婚出来たから、一生安泰じゃん』って。

 確かにお金は腐る程あるけど、それしかないもん。

 ドラマや映画のような、甘い生活なんてない。

 現実はしょっぱいというか、苦いもんだと思ってる」


寝転びながら煙草に手を伸ばし、ゆっくりと吸い始める。


「見合い結婚、お家柄の結婚なんてするもんじゃないよ。

 好きな人と一緒になれる人って、何割なんだろね」


その言葉に、薫も引っ掛かるところがあり。


「そうだね…」


同じように、煙草を吸う。


自分も理不尽な見合いをさせられた事がある。

相手は乗り気、こちらは気持ちは皆無。

お断りする度に、相手の顔色よりも父親の顔色を伺っていたな。

例えば結婚する事になったとしたら、やっぱり好きな人と一緒になりたいが、そう思えるような人はいないし、元より結婚したいという気持ちもないが。


「薫は結婚したい?」


「さて、どうかな。

 そういう相手はいないから」


「独り身は気楽でいいと思う。

 あたしは独り身でいたかったし、気ままに恋愛をして、運命の相手とやらと巡り逢ってみたかったな」


「運命の相手かあ」


果たして、本当にそんな存在がいるのだろうか。


「まあでも、今は独り身でいいや」


煙草の煙を吐き出しながら、ワインが入ったグラスを片手に、薫は透子のいるベッドへと向かった。

透子の隣に座ると、透子は薫の太ももに顔を乗せる。


「人を愛するって、何だろうね」


「それは私にも解らないや。

 恋愛とやらは苦手だよ。

 参考書はないし、あったとしてもあてにならないし。

 人の心は、本を読んだぐらいじゃ解らないしさ」


自分の事さえ、ろくに解りはしないのだから。

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