第93話

ミステリアスな彼女。

憂いを帯びた瞳。

多くを語らない口唇。

雪のように白い肌と、小さな手。


あのまま身を任せたら、その行為をしたのだろうか。

彼女はどんな風に感じ、悶え、喘ぐのか。

不埒な考えが、頭の中に浮かんでは消えて。


自分は欲求不満なのだろうか。

性的な欲求を満たしたいのだろうか。

何を考えているんだ。


しかし、胸が激しく高鳴ったのも否めない。

ドキドキしたし、その先を期待していたかもしれない。

自分の性的欲求は、自分が思っているよりも強いらしい。


しかし、なりゆきで体を重ねるのはどうなのだろう。

まして彼女は女性だし、旦那持ちの既婚者。

これは浮気?不倫?

不倫は男女のそれに適用され、同性では適用されるのだろうか。

あれこれ疑問符が浮かぶが、残念ながら答えが出てくる事はない。


彼女とセックスをしたくてここに来た訳でも、それらを期待して長居している訳でもない。

では、何の為に?


…ああ、そうか。

寂しいんだ。

少しでも誰かと、一緒にいたいんだ。


誰でもいいから傍にいてほしい。

そんな時がたまにあるから。


彼女は他の人とは違い、自分の気持ちをストレートにぶつけてくるな。

飾る訳でも、気に入られようとしている訳でもないし、きっといつものそのままの彼女で接してくれているのだろう。


どうしてこんなに、あれこれ考えているのかもよく解らない。

酒はとっくに抜けてるし、酔う程飲んでもいない。

この雰囲気に酔っているのだとしたら、まるで昼ドラの主人公のような気分だ。


「お風呂入る?」


いつの間にか彼女が風呂から戻ってきていて、バスローブを纏い、濡れた髪をタオルで乾かしながら、薫に声を掛けた。


「いや、着替えないし。

 下着の代えもないから」


「下着、何でもいいならフロントに頼んで持ってきてもらうから、気にしなくていいよ」


「いや、それは流石に…」


「細かい事は気にしないでいいの。

 どうせ旦那が払うんだし」


吐き捨てるように言った透子は、薫から視線を反らした。


「…もう1個頼み、聞いてくれる?」


「なあに?」


「お腹空いたから、何か食べたい」


最後に食べてから大分時間が経っているから、先程から腹の虫が悲鳴をあげていたのだ。

吹き出した透子は。


「あたしもお腹空いてたの。

 ルームサービス、適当に頼んでおくから」


透子は無邪気に笑い、そんな彼女を見ながら薫はバスルームへと向かった。

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