第92話

「あなた、結婚してるの?」


「してないですよ。

 バリバリの独身族です」


「敬語、使わないでいいよ」


「じゃあ、お言葉に甘えて。

 あ、何てお呼びすれば?」


「透子」


「偽名?」


「んな訳ないでしょ。

 田村透子。

 あなたは?」


「横山薫」


「名前、男みたい」


「昔からよく言われた。

 名前の事でからかわれるの、本当に嫌いでさ」


「似合ってる、素敵な名前だよ」


「あははっ、ありがとう」


薫も透子と同じように、壁を背もたれにしながら寄り掛かる。


「雨、止まなそうだね」


薫は携帯を取り出すと、弄り始める。


「あ~、今夜はずっと雨みたい。

 仕方ない、タクシーで帰るかな」


お嬢様と言えども、お金の使い方も大切さも知ってるし、無駄に使う事は好きではない。

出来れば節約したいところである。


「ここに泊まればいいじゃない」


「透子さん、警戒心ないの?」


「失礼な、ちゃんとあるよ。

 けど、あなたは大丈夫そうな気がするから」


「私は透子さんに襲われそうだから心配」


薫の言葉に、透子はクスクスと笑った。

初めて見せた、『ちゃんとした笑顔』だった。


「あなた、面白いね」


「そう?

 そんなの初めて言われたな」


「気取らず飾らずだし、うん、悪い人じゃないよ」


「そんな単純な感じでいいの?」


「難しく考えたら難しくなるだけだし、それなら簡単に考えた方がいいじゃない」


「私より透子さんの方が面白いよ」


薫も笑いだし、2人で笑った。


お互いに当たらず障らずの会話をした。

深く聞いてはいけない気もしたし、聞いたら答えてくれそうな気もしたが、敢えて知らない方がいいような気もした。


「あたし、お風呂入ってくる。

 適当にのんびりしてて」


そう言うと、纏っていたアクセサリーを外し、バスルームがあるであろう方へ行ってしまった。


何本目かの煙草に火をつけると、近くにあったテレビのリモコンを取り、スイッチを押す。

ニュース、バラエティー、音楽番組。

目ぼしい番組はやっておらず、適当なチャンネルに合わせると、流れてくる映像をぼんやりと眺めた。


帰らなきゃな。

ここにいなきゃいけない訳ではない。


興味本位…それは否めなかったのもある。

理由は上手く話せないが。

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