第91話

透子は下着の上から、薫の胸に触れた。

驚きと戸惑いが同時に押し寄せる。


「感じちゃった?」


透子の言葉に、思わず顔を赤くする。


「…退いて」


「嫌だ」


「何でそんなに私に拘るんだ。

 ヤりたいんだったら、他を当たって。

 貴女は綺麗だし、男だったらみんな…」


薬指に光る指輪が視界に入る。


「てか、貴女は旦那いるじゃないか。

 こんな事をして許される筈がない。

 私も夫婦のゴタゴタに巻き込まれるのはごめんだよ」


「あっちはあっちで浮気してるんだから、細かい事は関係ないの」


少しだけ寂しさを浮かべた瞳が、薫の瞳を見つめる。


「…だからと言って、貴女まで同じような事をする必要はないじゃない」


先程よりも、落ち着いた声で。


「…寂しいなら、ちょっとだけ一緒にいるから。

 とりあえず、お茶でも飲もうよ。

 喉も渇いたし」


薫の提案にそっと頷くと、薫の上から退き、乱れた髪や服を手で直しながら、透子はお茶の準備を始めた。


「喫煙の部屋だから、煙草吸って大丈夫」


乱れた服を直した薫は、バッグから煙草を取り出し火をつけ、大きく煙を吸い込んだ。

煙草を吸いながらベッドに戻り、そのまま端に腰掛ける。

煙草を持っていない左手で、自分の心臓の辺りに触れてみると、鼓動はまだ早く、体も少々熱を帯びていた。


男性と交際経験はあるが、同性との経験はない。

欲求がないのかと問われれば嘘になるが、実際問題どういう風にするのか想像がつかない。


男性器はないのだから、入れるのは指か。

はたまた、道具を使うのだろうか。

いやいや、何を考えているんだと、頭を振って考えるのをやめた。


ティーカップを2つ持って戻ってきた透子は、ひとつを薫に渡す。

中身は紅茶だった。


透子はベッドに乗ると、壁に背を持たれながら紅茶を少しだけ飲む。

そして、煙草を吸い始めた。

それぞれの煙が舞い、部屋を僅かに白く染める。


「襲ってごめん」


「未遂だからセーフ」


口数は少なく、2つ3つ言葉を交わすと、すぐに沈黙が訪れる。


「あ、雨降ってる」


透子の言葉に、薫も窓を見てみる。


「天気予報じゃ晴れだったのに」


「通り雨かな。

 止むまでここで雨宿りしていけばいいじゃん」


まあ、家に帰っても1人だしな。

その言葉は言わずに、薫は小さく頷いた。

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