第84話

「ただいま~」


「おかえり~、お疲れ様」


「お疲れ~」


店のドアを開けると、いい匂いが美鈴の鼻をくすぐる。

先に来ていたゆいと、しのぶに手を振りながら、ゆいの隣の席に座る。


「今日のお通しはなあに?」


「玉子の巾着煮だよ。

 今ビール出すからね」


冷えたビールとおしぼりを受け取ると、お通しが盛られた器が並べられた。


「久し振りの煮物だ~。

 いただきま~す」


「て言いながら、ビールを飲むのはなんでよ。

 てか、乾杯くらいしようや」


「ごめん、ゆい様。

 ビールが早く飲んでって急かすから飲んじゃった、乾杯。

 喉を潤わさないと、食べ物が喉につっかえちゃうじゃない?」


「慌てずゆっくり噛んで飲み込めば、詰まる事はないと思うけどね、乾杯」


美鈴とゆいが、互いのジョッキを鳴らし、あれやこれや話し始めた時だった。


「いらっしゃいませ…あっ」


しのぶの声が途切れた。

不思議に思った美鈴は、ドアの方に目をやり驚く。


「か、薫さん!?」


「やあ、リン。

 お疲れ様」


「うおおおおっ、もしかして噂の王子様!?」


「ちょ、ゆい黙って!」


薫を見たゆいは、一気にテンションが上がった。

それまで体に蓄積されていた疲れは、遥か遠くの銀河に打ち上げられた模様だ。


「お、お友達と一緒なんですね」


「あ、うん。

 中学からの腐った縁で」


「腐ってない!

 すみません、あたしら2人の席はありますか?」


「…カウンターの席でよろしければどうぞ」


しのぶの冷笑に、苦虫を噛む薫。

今ならまだ引き返せたのだが、一足お先に茜は着席してしまったので、最早諦めるしかなかった。


「お飲み物は?」


薫達におしぼりを渡すしのぶに。


「わあ、お姉さん格好いいですね!

 髪型も素敵!

 レイヤーさんですか?」


「元レイヤーです。

 で、お飲み物はいかがなさいますか?」


「すみません、生2つで」


会話を続けようとした茜を抑えながら、薫が注文する。

程なくして、ビールが2つ運ばれてきた。

ジョッキを持った2人が乾杯していると。


「王子様、乾杯!」


ゆいが薫達に向けて、自身のジョッキを掲げた。

一瞬躊躇ったが、美鈴も薫達に向けてジョッキを掲げ、小さな声で『乾杯』と呟いた。


「ありがと、乾杯。

 お互いお疲れ様」


薫達も美鈴達の真似をし、そちらに向けてジョッキを掲げた。

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