第76話

「リン、これ使いな」


胸ポケットから取り出したハンカチを、美鈴に差し出す。


「な、涙ならもう渇きましたから」


「それでもいいから拭いときな。

 悲しい涙の跡なんて、残す必要はないんだから」


煙草をくわえたまま微笑む薫。

断るのも申し訳なく思った美鈴は、ハンカチを受け取った。


「あ、そうだ。

 薫さん、お借りした服はちゃんとクリーニングに出してお返しします。

 ちょっとお時間をいただいてしまいますけど…」


「え?返さなくていいよ。

 全部あげるから、リンの好きにして。

 着ないなら誰かにあげても…」


「ちょちょちょっ!?

 何さらっとあげるなんて言ってるんですか!?

 こんなん簡単にあげれるような、安いブランドじゃないんですよ!?

 一般的なOLの給料じゃ、易々買えるもんじゃねえです!」


薫の思わぬ発言に、美鈴は面食らう。


「私はもうそういうの着ないからなあ。

 リンが着ないなら、お友達にあげればいいじゃない」


「そんな勿体無い事出来る訳ないじゃないですか!

 この(くっそ高いであろう)アクセサリーも、ちゃんとお返ししますから」


「だ~からいらないし、リンに全部あげるって。

 いらなかったら、メル〇リにでも出して売ればいい金に…」


「いい金になるにしても、んな無情な事なんてしません!

 …本当にいただいてしまっていいんですか?

 後から高額な請求書を送られても困ります。

 今の給料じゃ、ぜってえ払えないですし…」


急に薫は笑いだす。


「そんなに心配しないで大丈夫だって。

 私がリンにあげたいから、すんなり貰ってくれたら嬉しいんだけどな。

 あ、今日の事は他言厳禁だからね」


「い、言える訳ないじゃないですか」


言いながら、静かに先輩の顔が浮かんだが、何も見なかったかのように、脳内から先輩をデリートする事に成功する。


「よし、じゃあ帰ろうか。

 駅まで行って、タクシーを捕まえないと」


「あたし、まだ飲み足りないんですけど」


「今から飲んだら、朝まで飲んでも足りないんじゃない?」


「だから、あたしはアル中じゃねえですっ!」


勢いよく言った美鈴だったが、勢いがよすぎて足がもつれてしまい、バランスを崩す。

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