第74話

もうすぐ夏も本格的で、暑さも夏色を帯びている。

店内はクーラーが効いている事もあり、言うならば『丁度いい』くらいの涼しさの筈だが、美鈴達の空気は張り詰めていて、重苦しく冷たい。


それらを物ともせず、美鈴と薫は山田を見つめる。

相手に悪態をつく程の余力がない事は、当に察している。


誰も声を発する事もなく、喉の通りが悪い雰囲気の中で呼吸をしていたが。



「あたし…」



口を開いたのは美鈴。


「山田さんに対して、気持ちはありました。

 それは純粋に好きだなと思ったから。

 気持ちは生まれていたんです」


ゆっくりと、それでいてはっきりと言葉を口にしている。


「優しく笑う顔好きでしたし、気遣ってくれる事も、全部素直に嬉しかった。

 けど、それは全部あたしの体の為だったんですよね…」


気付かぬ内に、涙が零れていた。


「あたし、そんな軽く見られていた事も悔しいし、都合よく捌け口にされそうになった事も悔しい…。

 あたしは…女の子は、山田さんが思う程単純じゃない」


弱々しい瞳で美鈴を見る山田を、しっかりと見ながら。


「貴方みたいな人と、関係を持たないで良かった。

 あんたみたいな最低な人なんて、2度とごめんだからっ!」


言い切った美鈴の顔を、薫は僅かに見て視線を山田に戻す。


「あんたもこんな男と、よく一緒にいれるね。

 見る目ないんじゃない?」


女性に言ってみるも、美鈴の言葉には反応を見せなかった。


そろそろ周りの客の視線が集まってきた。

頃合いかなと、薫は心の中で思う。


「まあ、僕は貴方がどうなろうと知ったこっちゃない」


視線を鋭くする。


「この先貴方が変わらず女性をたぶらかそうが、食い物にしようが関係ない。

 貴方の自由だ、好きにするといい。

 だけどね…」


美鈴と繋いでいた手を、静かに離す。


「金輪際、僕の関わる人達に近付いてほしくないんです」


薫が歩き出すと、コツッコツッと、キレのいいヒールの音がする。


山田の前に立ち。


「これ以上、不愉快な気持ちになりたかないんですよ」


怒気を含めた笑み。

美鈴には背を向ける形になっている為、美鈴は薫がどんな表情をしているかは解らない。


が、声がいつもと違う事は解る。

いつもおどけている彼女が、『怒って』いるのだ。

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