第72話

「山田さん、こんばんは。

 この前はお付き合い出来ず、申し訳ありませんでした」


にっこりと微笑みながら、山田に顔を向けながら、美鈴は軽く頭を下げる。

山田の顔は先程より、些か青くなる。

女性の眉毛がピクリと上がったのを、美鈴達は見逃す筈がなかった。


「山田さん、こちらの方は知り合い?」


美鈴の事は完全に無視し、薫の事を尋ねる女性。


「あ、ああ、取引先の会社の方なんだ」


いつもの笑顔は何処へやら。

視点は泳いでばかりで、定まる事がない。


「こんな素敵な男性がいらっしゃるなら、今の会社なんか辞めて、横山さんの会社に就職したいですう」


あからさまなネコナデ声に、山田は少しむっとする。


「横山さんは男性じゃなくて女性だよ」


「こんなイケメンが女性な筈ないじゃないですか。

 妬いてるんですか?

 みっともないですよ」


女性に窘められ、山田は笑顔を引きつらせる。

そんな山田を笑いたいが、2人は今はそれをグッと我慢する。

気持ちを引き締めながら、山田の様子を見る。


「山田さん、この前あたしにかなりお酒を勧めてきましたけど、あたしお酒は強い方なんで、少々の事では酔わないんです。

 一次会の後で待ち合わせをした店、すぐ側にラブホがありましたけど、まさか連れ込もうなんて思ってませんでしたよね?

 いつも優しいし、あたしは山田さんがそんな事をする方だなんて微塵も思ってませんでしたけど…」


愁い気な表情を浮かべる美鈴だが、心の中では中指を立てながら舌を出していた。

山田は美鈴を睨むも、美鈴はそれに動じる事はない。


「…ちょっとあんた、さっきから何なの?」


女性が怒気を含めた声を美鈴に掛ける。

初めて双方の視線が合った。


「あら、すみません。

 いらっしゃったんですね。

 きっつい香水つけたハエでもいるのかと思ったら、人間だったんですね」


笑顔を崩さず毒を1つ。

薫は必死に笑うのを堪えるばかりだ。


「この香水、ハイブランドのやつなんだけど。

 そんなのも知らないの?

 ダッサ」


「香水はただ闇雲に、虫よけスプレーみたいに振りかけるんじゃなく、足首とかに軽く吹きかけて、熱で発散しながらほんのり香らせるものなのよ。

 そんな事も知らないの?

 てか、それ香水じゃなくて、カブトムシ捕まえる時の樹液なんじゃないの?」


堪えきれず、薫は顔を背けて吹き出した。

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