第71話

山田達の席に近付いていく度に、怒りにも悲しみにも似た気持ちが溢れてくる。

繋がれていない手をそっと胸に置き、心を落ち着かせようとするが、あまり効果はなかった。



大丈夫



美鈴は何度も自分に言い聞かせる。

そう、彼をぎゃふんと言わせる為に、ここまで来たのだから。

これで万が一失敗なんてしたら、薫にどう謝ればいいのか解らない。

彼女にだって、迷惑を掛けれない。


山田はまだ2人に気付いておらず、女性と楽しそうにお喋りをしながら、料理を堪能していた。

まずは何て声を掛けようか。

あれこれシミュレーションしたのに、当の言葉が出てこない。


悔しさ

悲しみが邪魔をする。


自分は傷付いたが、この男は何も気にするでも傷付いた訳でもなく、新しい人と楽しい一時を味わっている。

何とも言えないこの想いを、全部この男にぶつけたいのに。


と、薫が繋いでいる手に、少しだけ力を込めた。

その温かさに我に返る。


そうだった。

自分は独りじゃなかった。

彼女の優しさが、やさぐれそうな心に染みる。


しっかりしろ、あたし。

何弱気になってるんだ、らしくない。

もっとシャキッと、気持ちをしっかりと持たなくちゃじゃないか。


不意に薫の顔を見てみると、前に向いていた視線が美鈴に向けられた。

目が合うと、ウインクを1つ。

悪戯っ子のような笑みを、美鈴に見せる。

それを見たら、先程の不安な気持ちは薄れていった。



山田が自分達の席に近付いて来る人物に目を向けた。

誰だか解らない、といった表情を浮かべたが、それが薫であると急に視線を反らした。

無論、美鈴とも目が合ったが、一瞬で反らされた。

美鈴の怒りのゲージが、ぐ~んと上昇する。


「あれ?山田さんじゃないですか!

 こんな所で逢うなんて奇遇ですね!」


あくまでナチュラルに。

薫が山田に声を掛ける。


「あ、よ、横山さん…」


女性が美鈴達に気付き、顔をそちらに向ける。

薫を見るなり、


「ほあっ!?

 何このイケメン!!」


美鈴には目もくれず、薫だけを瞳に映しているのは、火を見るより明らかだ。


「こんばんは」


爽やかな笑顔で挨拶をすれば、女性は一気に赤面し、背筋をピンと正し、髪を直しながら恥ずかしそうに挨拶を返す。

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