第70話

「お、来たな」


薫の言葉に、顔を上げる美鈴。


「またデザートが来るんですか?

 あたし、流石にもうお腹いっぱいです」


「料理じゃないよ、山田さんだよ。

 あの人、小山運送の事務の子だ」


薫の目線を追い掛けてみると、山田は若くて綺麗な女性を連れていた。

苛立ちよりも、悲しみが湧き上がってくる。


「山田さんが来る時間、知ってたんですね」


「情報提供者から教えてもらったんだ。

 しっかし、随分若い子に手を出したなあ。

 あの子、まだ10代だった筈。

 軽く犯罪じゃん」


美鈴の席からでは、女性の事はよく見えない。


「ほらほら、あんまり見ると山田さんに気付かれちゃうよ。

 まあ、今のリンは凄く綺麗だし別人だから、山田さんはリンって気付かずに口説きに来そうだけど」


さらりと綺麗と褒められた。

瞬間、美鈴の顔はドカンと紅くなる。


「何でリンゴみたいに、顔を真っ赤にしてるの?」


「い、今、サラッと綺麗って言いました!?

 酔っ払ってるんでしゅか!?」


勢い余って、思わず噛んでしまった。


「このくらいで酔わないでしゅよ。

 綺麗だから綺麗って言ったんだよ」


だから、どうしてそんなさらっと綺麗と褒めてくるんだ!?

今まで付き合った人にだって、そうそう言われた事ないのに。

口説き文句、言い慣れてるの?

美鈴の頭の中では、様々な言葉が浮かんでは消えていった。


「さて、デザート食べたら乗り込むよ。

 甘いもの食べて、気持ちを落ち着かせておきなね」


運ばれてきたのは、苺のタルトだった。

大好物なのに、山田の事を思うと手が進まない。


「タルト嫌い?」


「いえ、大好きです。

 けど、何だか食べる気になれなくて…」


先程とは一変し、翳りが見え隠れ。

美鈴を見た薫は、自分のタルトを一口大の大きさに切ると、フォークに刺して、美鈴の口元近くへ運ぶ。


「ほら、あ~ん」


「ちょ、自分で食べれますよ!」


「いいから口開けなって」


最初は渋ったが、ずっと差し出されている為、諦めて口を開けた。


「うおいし~い!!」


「甘さも丁度いいでしょ?

 生クリームもしつこくないし、生地も硬すぎずだし」


「これなら3つは余裕で食べれます!」


「食べ過ぎでしょ」


薫に釣られて、美鈴も笑った。


「リン、何も心配しないで大丈夫だよ」


真面目な、それでいて優しい声。


「因果応報だし、山田さんは然るべき日が来ただけ。

 心配しないで、私に任せなさいって」


言葉に出来ないくらいの安心感。

大丈夫な気がしてきたから不思議だ。


「リンが食べないなら、私が食べちゃうよ?」


「駄目です、これはあたしの分です!」


笑ったら気持ちが和んだ。

何もかも、彼女にお世話になりっぱなしで申し訳ない。


タルトを食べ終わる。


「よし、じゃあ敵陣に乗り込もうか」


薫の言葉に、こくりと首を縦に振る美鈴。


立ち上がると、最初の時のように腕を組むのかと思った。

薫は美鈴の右手を取ると、そのまま手を繋いだ。






恋人繋ぎで。

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