第69話

それにしても、だ。

料理が美味しすぎて、そちらに気持ちがいっていたが。


悔しいくらいに、格好いいな。


会社のお姉様達が、王子と騒ぎまくる意味を、美鈴は改めて理解した。

きっと今この店にいる誰よりも素敵で、申し分なく格好いい。


更に悔しいのは、入り口で薫を目にした瞬間、胸が高鳴った事だ。

理想の人だと、体が、心が反応した。

恥ずかしくて、まともに顔を見れなくて。

仕事の時は、毎日飽きるくらい見てきたのに。


お姉様達は知らないであろう姿を、自分だけが知っている。

独り占め…とは、ちょっと意味が違うけども。


中性的な顔立ち。

今は髪は短いが、長かったら絶対に美人だろう。


白く小さな顔。

ややたれ目で、すっとした鼻立ち。

程好く膨らんだ口唇。

その近くに、小さなほくろ。


どうしてこんなに格好いい人が、男性じゃないのだろう。

彼女がもし男性だったら、自分はきっと全力でアタックをした筈だ。


自分に自信はないけど、メイクもファッションも勉強して、料理ももっと上手になって、なんとか振り向かせようと必死になっただろう。

こんな素敵な人が、自分の隣にいてくれたら。


年を重ねておばさんになっても、『可愛い』と言ってくれそうだ。

その言葉で、胸はいっぱいになるのだろう。


神様は意地悪だ。

どうして彼女を男性にしてくれなかったのか。

運命というものは、何とも皮肉だなと思う。


「どうしたの?」


我に返り、慌てて彼女の顔を見る。


「い、いえ、何でもないです」


あたしに向けた、屈託のない笑顔。

会社でみんなに見せている笑顔とは違う。

今あたしの前にいる彼女が、本当の彼女なのだろう。


「そんなに見つめられたら、食べづらいじゃない」


「あ、すいません」


無意識に見つめていた。

楽しそうに微笑む彼女に、またしてもときめく胸。


違うよ、これはきっとこの雰囲気のせい。

あたしは彼女に、薫さんに恋をする事はない。


心を静かに落ち着かせる。

ゆっくりと、彼女にバレないように深呼吸をする。



運命は何て皮肉なのだろう



やめよう。

余計な事は考えないようにしなくては。

今日は山田さんを、ぎゃふんと言わせる為に来たのだ。

『デート』なんかじゃない。


何とか気持ちを切り替える。

いつものあたしにならなくては。

浮かれている場合じゃない。

…違う、浮かれてなんかない。


「リン、次はデザートだよ。

 ここのデザート、すんごい美味しいんだ。

 リンも気に入ると思うよ」


心が苦しいのは何でなの。

胸の真ん中辺りが、ギュッと苦しくなる。


その低い声が、あたしの心を震わせる。

優しい眼差しから、目を反らせなくなる。



違う、違うよ。

あたしは恋になんて落ちてない。


店を出たら、いつもの2人に戻る。

それを寂しいだなんて、思ったりしない…。

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